春風亭三朝の「やかんなめ」後半2019/06/03 06:54

 お願いがございます。 可内(べくない)、待て、婦人が頼みがあると申して おる。 お助け下さい。 顔の色が変っているな、仇に巡り会ったか、拙者は 神道無念一刀流免許皆伝だ。 お内儀さんが、癪を起しまして。 それなら印 籠に薬がある 。 お内儀さんの癪には薬は効きません、たった一つ効く合薬 がございます。 マムシ指であろう。 違うのか、では下帯であろう。 人助 けでは仕方がない(と、腹の辺りを探って)、うそうそ、しまった越中であった。  可内、その方はどうじゃ。 六尺で、並より五寸ほど長い。

 実は、やかんをなめるという合薬でございまして。 お許しくださいませ、 手前どもの銅(あか)のやかんと、旦那様のおつむりが瓜二つでございまして、 ぜひとも主人になめさせてあげて下さい。 可内、笑うな。 勘弁ならぬ、無 礼討ちじゃ、そこにならえ。 二つに一つとお願いをいたしました、お好きな ように、なさって下さい。 可内、笑うな。 お前は泣くな、身共が泣きたい。  可内、笑うのは止めろ、同じ奉公人でありながら…、この女、命をかけてもと 主人を思う心を持っておる。 あい、わかった、耐え難きを耐え、忍び難きを 忍んで、少しなら許す。

 お内儀さん、やかんがお見えになりました。 待て待て。 可内、笑うな、 肩が揺れておるぞ。 ベーロベロベロ、ベーロベロ。 抱え込むな、そこは耳 だ。

 お内儀さん、お気が付きになりましたか。 アァ、みんないたのか。 こち らのお武家様のおつむりをなめさせて頂いて、癪が通じたのでございます。 苦 しさゆえ、知らぬこととは言いながら、申し訳ないことでございます、平にご 容赦下さいませ。 本当に治ったのか、これから外出の折には、やかんを持参 せよ。 先々の沿道の者が迷惑をする。 重ねてお願いでございます、お屋敷 をお教え下さいませ。 たびたび、なめに来るのか。 いいえ、お礼を。 行 け、行け。 今後、往来で出くわすことがあっても、その方とワシは他人であ るぞ、会釈などするな。

 可内、まだ笑っておるのか、行くぞ。 表に「癪の合薬、ひとなめ百文」の 看板をお出しになったら、いかがですか。 (頭に手をやり)このあたりがベ タベタだ、ヒリヒリする、可内、ここを見てくれ。 旦那さま、歯型が二枚つ いております。 傷の具合はどうじゃ。 心配めさるな、まだ洩るほどではご ざいません。