柳家小せんの「彌次郎」後半2019/08/30 08:44

山を降りかけると、ボウーーッ、とうなり声、六尺はあろうかという大猪だ。  角立てて、襲ってきた。 猪に角? 牙が角みたいに、見えたんだ。 松の木 によじ登って、まつ安心。 が、松じゃなくて、竹だった。 てっぺんに登る と、しなってきた、南無阿弥陀仏、念仏を唱える。 猪がぶつかって来た。 バ ン、バンと、竹がはじける。 猪は、鉄砲で撃たれたと思って、倒れた。 シ シ乗りになると、猪が駆け出したが、後ろ前に乗っていた。 マタグラに手を やって、シシの金を、金しぼり。 バタン、キュウと、くたばった。 猪の腹 を裂くと、赤ん坊が十六匹、四四、十六。 生まれたてのくせに、父ッちゃん の仇と、かかって来た。 金しぼりにしたんだから、オスだろう? そこが畜 生の浅ましさ。 すたこら逃げ出した。

 鬨の声、若い男衆がやってきて、お辞儀をして、猪退治のお礼に祝い酒を一 献差し上げたい。 村の長の家へ。 総檜造りの立派な家だ、山海の珍味、庭 の築山の桜は見頃、山は雪だ。 チロリンシャンと音がして、いい匂い、どう ぞ中へ。 お嬢さんがもじもじしている。 旅の方、あなたのような恩人の、 女房にして頂きたい。 修行中の身、断わった。 お嬢さん、懐剣出して、喉 に当て、死ぬ覚悟だと。 夜更けに、私の部屋に来てほしい。 三十六計、逃 げるが勝ち。

 目の前に、大きな川。 紀州の日高川。 五里霧中、船頭は、舟を出せない と。 大きな寺がある、貧窮山、困窮寺。 釣鐘の代りに、うっちゃった大き な水甕があったので、それを頭からかぶった。

お嬢さん、後を追いかけて、ズンズンバタバタ、ズンバタバタ。 船頭に、 焦がれ死にしてしまうと言うと、飛び込んで、一尺ほどの蛇になった。 寺の 台所にあった大きな水甕を、七回り半巻いた。 一尺でそんなに巻けるのか?  女の一心で、伸びた。 だが、その蛇が溶けた。 不精な寺で、水甕のまわり にナメクジが沢山いたんだ。 頃合いはいいかと、水甕を持ち上げて、立った ところは、いい男で安珍。 安珍という山伏だ。 道理でホラを吹き通した。