『福翁自伝』の表と裏―松沢弘陽さんの読みなおし(2)〔昔、書いた福沢122-2〕2019/10/06 10:06

 演説館の講演に移ろう。 松沢弘陽さんは、1960年代、30歳代の初めに内 村鑑三研究を手がけていて、福沢の著作に出合った。 政治思想史を専攻する 者にとって、福沢は避けて通れない。 実に面白かった。 当時、内村鑑三と 福沢諭吉を読めば、近代日本はたいてい解ると、公言していた。 今日は福沢 を「福沢先生」と呼ぶ慶應義塾の演説館での講演だが、その意味で、私にとっ ても「福沢先生」であると言う。 たとえば、「政治の診察医にして開業医に非 ず」(『福翁自伝』の見出し)という福沢は、現代社会、日本でますます意味を 持っている。 一方、『福翁自伝』には、自分の信条に照らして、無条件に受け 入れられない部分もあった。 たとえば、奥平壱岐を評した部分で、「大家の我 儘なお坊さんで智恵がない度量がない。その時に旨く私を籠絡して生捕ってし まえば譜代の家来同様に使えるのに…」の、「籠絡」。 これは福沢の行為のか なり多くを理解するキーワードではないか、と。 私が理解できなかったこの 「籠絡」については、『福沢諭吉集』に脚注があり、福沢を籠絡できない奥平壱 岐と「門閥制度の下で弱い立場におかれているがゆえに壱岐をことばと態度の 演出によって手玉にとる福沢との対照、またそのような関係についての福沢の 自己意識が生き生きと描かれる」とあった。

つぎに松沢さんは福沢のテキストをどう読むかを語った。 福沢のそれは厚 みを持っていて、重層的である。 表面の明るさの下に、別のメッセージが込 められている。 注解は難航したが、松崎欣一氏・竹田行之氏の示唆に、新し い視点があって、何とか乗り越えることができたという。 その視点は、(1) 福沢晩年の危機意識、失望、挫折感。日清戦争の勝利に酔った以後、新たな危 機を感じ、悲哀の感情が生まれた。 (2)「気品の泉源、智徳の模範」「無限 の苦痛あり」「恰も遺言の如くにして之を諸君に嘱託す」(明治29年11月1日、 慶應義塾懐旧会での演説)。 没後の世代に対しても、慶應義塾や日本の未来を 託そうとした。 そのために『福翁自伝』を書いたのではないか。 結びは「気 品」というキーワード。

松沢さんが、松崎・竹田両氏の示唆が有用だったとしたのは、(一)福沢の「心 の養生法」、(二)緒方塾物語である。

 (一)福沢の「心の養生法」「事を為すに極端を想像す」―「独立」の哲学。  『福翁自伝』「老余の半生」は、よく言われるような満足し切った成功物語、ハ ッピーエンドではない。 人間にとって「独立」とは何かの総括だ。 福沢は たびたび挫折を経験し、一、 企ての始めにおいて挫折を覚悟。 「浮世の戯れ」 「浮世の事を軽く視る」…現在の社会の活動を相対化。 「安心決定」…「独 立」について考えて来た福沢の結論、“宗教”である。 二、究極の挫折・挫折 の原型としての死。 死をそう考えて、そのほかのさまざまな挫折を受け止め る。 「暗殺の心配」は福沢の生涯を通して、生きた体験だった。 同世代が 死んでいき、自分もまもなく死ぬだろう。

(二)緒方塾物語。 『福翁自伝』で一番面白い、旧制の寮生活を思わせる といわれる「大阪修業」「緒方の塾風」を読みなおすと、“緒方塾物語”に「老 先生」福沢の慶應義塾への思いを読み取る。 面白いのは表のメッセージで、 裏には慶應義塾の現状、勉強をせず贅沢な塾生を憂うるメッセージがある。  “緒方塾物語”の結びは「目的なしの勉強」だった。

 松沢弘陽さんは最後に、彼方を行く晩年の福沢のイメージと、ご自分の現在 や死生観とを重ねて考えた。 福沢諭吉という人物は、学問的探求では収まり きれないところがある。 この社会に生きて、死んでゆく人間にとって、汲ん でも尽きないものがある。 現代社会に生きる人間として、同じ平面上で、福 沢を語る機会があっても、よいのではないか。 昨年3月11日、その月に81 歳になった松沢さんは、東日本大震災を三鷹で経験して、直下型大地震、立川 断層を思い、死と生について考えたという。

 成功せる大ブルジョア・市民、大知識人の福沢は、強靭な知性と意志の持主。  その練り上げた哲学、「浮世の戯れ」「浮世を軽く視る」を、松沢弘陽さんはご 自分の「安心決定」にはならないという。 福沢は自分と異なる道を、はるか 先を行く。 道を異にするにもかかわらず、偉大な先達である、と。

 『福沢諭吉集』解説の末尾に戻る。 福沢の、死を覚悟してなお生のある限 り進んでやまない生のあり方を導いた動因は何だったろうか。 福沢には後世 への期待があった。 福沢は『福翁自伝』の物語によって、一身の生をこえて 「独立の手本を示」し続けようとしたのではないか。 存命中に自ら編み刊行 した『福沢全集』全五巻、それに先立つ『福沢全集緒言』と『福翁自伝』は、 福沢が「老余の半生」の終わりに力を振り絞った白鳥の歌三部作といえよう。  その中でも後世へのメッセージの音色が最も濃いのが『福翁自伝』であった、 と松沢さんは言う。

 松沢さんより十歳年下の私は、この本の脚注と補注を手掛かりに、『福翁自伝』 を読みなおすことから、つぎの十年を始めねばなるまい。