福沢の見たロンドンの医療〔昔、書いた福沢133〕2019/10/20 07:59

      福沢の見たロンドンの医療<小人閑居日記 2002.4.5.>

 3月30日の福沢諭吉協会の土曜セミナーの講師は山内慶太さん、慶應義塾 大学看護医療学部助教授で、精神医学のご専攻、平成12年度の一年間、精神 医療に関する医療経済学研究のためロンドンに滞在した。 その間に、文久2 (1862)年遣欧使節の一員として、福沢諭吉がロンドンで見学した病院、 福祉施設を中心に、遣欧使節に関する資料を探索してきた、その報告である。

 福沢諭吉、箕作秋坪(緒方洪庵門下、外国方勤務、のち東京博物館兼図書館 長)、松木弘安(のちの寺島宗則外務大臣)、川崎道民(佐賀藩医師)らは、一 般病院だけでなく、精神病院、聾唖者や盲人のための福祉施設も見学している。

 福沢が『西航記』で「養癩院(ようてんいん)」と記した精神病院は、ベツレ ム病院であることが判明し、そこで数々の資料が見付かった。 訪問者署名簿 に一行の署名があり、福沢が「ドクトルジョンソン」「余、殊に此人と善し」と 書いていた案内の医師のフルネームが、Edmund Charles Johnson とわかり、 医者人名録や王立外科学会の略歴などから、医師であるが、盲人の教育、福祉 に生涯を捧げた人であることも、確認された。

 一行はベツレム病院で改良されたばかりの精神医療の現場を見、さらに英国 で最初の精神疾患によって罪を犯した患者、すなわち触法患者の専門病棟も見 学している(日本ではようやく最近になって論議されている問題)。 その時の 福沢の記録に出てくる3人の患者について、山内さんは当時の患者リストやカ ルテを調べて、人物の特定に成功している。 そのうち2人は、英国の精神医 学史上有名な患者であった。

 山内さんは、福沢が見学したもろもろを「わが日本国へ実行せんとする野心」 を持ったと『福澤全集緒言』に記していることにふれ、遣欧使節の見聞が日本 の近代医療にどんな影響を及ぼしたかは、今後研究を深めていかなければなら ないと語った。

          「一目瞭然」<小人閑居日記 2002.4.6.>

 承前。 山内慶太さんは福沢諭吉協会土曜セミナーで、レジメとロンドンの 地図のほかに、B4判2枚表裏に合計30点の図版を、講演の資料として配布 した。 福沢諭吉ら遣欧使節の一行が、どういう場所で、どのようなシーンを 見学し、どんな人々と会ったか、それらの写真と絵は、如実に物語っていた。

 日本使節一行のロンドン滞在は、イギリスの人々に強い関心をもって迎えら れた。 イギリス側の記録や報道も、相当量、残っているらしい。 上の図版 は山内さんが、当時の新聞(“The Illustrated London News”“Illustrated Times”)や医学雑誌、あるいは書物を丹念に渉猟して、発掘したものである。  デジタルカメラの活用で、一行が署名したサイン帳、当時の病院の建物や部屋 の現状なども、明示されている。

 山内さんは、そうした実物を示しながら、講演した後で、文字資料だけでな く、「一目瞭然」さし絵などの資料の重要性を指摘し、デジタルカメラなど画像 技術の向上は、その可能性を大きく広げるだろうと述べたのだった。