入船亭扇遊の「たちきり」後半2019/11/16 07:08

 観音様に願掛けをした、お礼に行って来たい。 どうぞ、お好きなように。  一ッ風呂浴びて、着物を着替え、大旦那に挨拶して、出かける。 柳橋の久の 家へ。 おかあさん、あの若旦那が見えました…。 一目、小久に会いたくて 来ました。 小久はおりません。 お座敷か、お稽古か。 奥へ、いらして下 さい。 白木の位牌を見せ、あの子、こんな姿になっちまいました。 釈妙久 信女 俗名 久の家 小久。 嘘だろ。 何で死んだ、どうして死んだ。 あな たが殺したと言いたくなる。 あの日も、若旦那とお芝居に行くお約束で、寝 ませんでした。 夜が明けたばかりからお化粧をして、着物を選んで。 でも、 昼過ぎになっても、あなたのお見えがない。 母さん、私、若旦那にお手紙書 いてもいいかしらって…。 手紙を藤(とう)どんに届けさせる。 日暮れに は、別の者が…。 私、若旦那に捨てられた、若旦那に捨てられたって。 明 日は、間違いなく見えるからと、慰めて。 明くる日、枕元に座っていた。 食 べる物が、ノドを通らない。 風呂にも入らない。 とうとう、床についた。  その内に、小久、手紙が書けなくなった。 若旦那に捨てられた、若旦那に捨 てられたって、そればかり。

 亡くなる日、若旦那が誂えて下さった三味線が届きました。 胴に若旦那と 小久の二人の紋が、比翼になっている。 お仲にかかえられて、一撥、シャッ と当てただけで。 可哀そうなことをいたしました。 そんなことだったら、 蔵を破ってでも、来るんだった。 百日の蔵住まいをしていた、やっぱり縁が なかったんだ。

今日は、あの子の三七日。 若旦那、ご供養に一杯飲んでやって下さい。 と ても飲めない。 お三味線を、仏壇の前にお供えしておくれ。 お線香を立て て。 お酒の支度をしたので、お酌を。 じゃあ、大きいもので頂きましょう。  ゴホッ(若旦那がむせると、三味線が鳴り出す)。 かあさん、若旦那の好きな 黒髪を弾いてます。 それほどまで、私のことを思ってくれて有難う、女房と 名のつく者は、生涯持たないから。 きれいなところへ、お参りしておくれ。  ピン(三味線の音が止む)。 小久、小久、小久……、もっと弾いておくれ。 若 旦那、ちょうど線香がたちきれました。

 入船亭扇遊の「たちきり」、しんみりと聴かせて、とてもよかった。 11月 2日、扇遊の紫綬褒章受章の報道があり「師匠入船亭扇橋の教えを胸に」と語 っていた。 「田能久」の扇辰もそう、扇橋の弟子は、安心して聴いていられ る。