加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』[昔、書いた福沢158]2019/11/23 07:17

     加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』<小人閑居日記 2002.12.6.>

 加藤秀俊さんの『暮らしの世相史 かわるもの、かわらないもの』を読んだ。  中公新書創刊40周年記念の一冊である。 加藤さんの中公新書は、学生時代 に読んだあの『整理学』をかわきりに『人間関係』『自己表現』『情報行動』『取 材学』とつづき、その他の単行本とあわせて、愛読した。 そこには科学的で、 漸進的な、明るく生きがいのある暮しの未来が、語られていたように思う。 私 が「等々力短信」を始めたのも、ひとつには加藤秀俊さんの影響があったので ある。

 そこで、『暮らしの世相史』だが、かつての加藤さんの著作の印象にくらべて、 暗く、悲観的な色が濃い。 還暦をすぎて、大学人としての現役を退き、大病 をされたこともあるのだろうか。 戦後五十数年を経た世相を、しっかりみつ めなおしてみると、暗く、悲観的なものばかり、うかびあがってくるというこ とだろうか。 9つの章があり、大まかに商、衣、住、日本語、言論、宗教(「餓 鬼」の時代、「世直し」の系譜)、アメリカ、外国人を扱っている。

 たとえば「餓鬼」の時代とは何か。 いまや都会の団地やマンションには仏 壇はなく、少子化は「後嗣」のない「家」の断絶をもたらす。 子孫がなけれ ば、死んだ人間の霊魂は「無縁仏」となり、現世にもどってきてもゆくところ もなくさまよう、そのさまよえる霊魂を仏法で「餓鬼」という。 そもそも、 墓をもつ、ということじたいが近代にはじまった習慣であったが、「家存続の願 い」は、わずか一世紀の理想、あるいは幻想にすぎなかったのである、と加藤 秀俊さんはいうのだ。

          やさしくかくということ<小人閑居日記 2002.12.7.>

 加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』に「日本語の敗北」という章がある。 「日 本語の敗北」とは何か。 明治以来、日本語の表記について、福沢諭吉『文字 之教』の末は漢字全廃をめざす漢字制限論、大槻文彦の「かなのくわい」、羅馬 字会や田中館愛橘のローマ字運動などがあった。 戦前の昭和10年代前半、 鶴見祐輔、柳田国男、土居光知が、それぞれ別に、日本語はむずかしいとして、 改革案を出した。 当時、日本語が世界、とくにアジア諸社会に「進出」すべ きだという政治的、軍事的思想があった。 しかし、日本語を「世界化」する ための哲学も戦略もなく、具体的な日本語教育の方法も確立されなかった。 な にしろ国内で、「日本語」をどうするのか、表記はどうするのかといった重要な 問題についての言語政策が不在のままでは、「進出」などできた相談ではなかっ た。 日本は戦争に破れ、文化的にも現代「日本語の敗北」を経験した、とい うのである。

 戦後、GHQのローマ字表記案を押し切って制定された当用漢字は、漢字の 数を福沢が『文字之教』でさしあたり必要と推定した「二千か三千」の水準に、 ほぼ一致した。 だが、その後の半世紀の日本語の歴史は、福沢が理想とした さらなる漢字の制限とは、正反対の方向に動いてきている。 それを加速した のが、1980年代にはじまる日本語ワープロ・ソフトの登場で、漢字は「か く」ものでなく、漢字変換で「でてくる」ものになったからだという、加藤さ んの指摘は毎日われわれの経験しているところである。 加藤さんや梅棹忠夫 さんは、福沢の「働く言葉には、なるだけ仮名を用ゆ可し」を実行して、動詞 を「かたかな」表記している。 私などは、見た目のわかりやすさから、そこ まで徹底できないで、「きく」「かく」と書かず「聞く」「書く」と書いている。  それがワープロ以降、次第次第に、「聞く」と「聴く」を区別し、最近では手で は「書けない」字である「訊く」まで使っているのだ。 「慶応」も気取って、 単語登録し「慶應」にしてしまった。 福沢のひ孫弟子くらいのつもりでいた のに、はずかしい。 深く反省したのであった。

            「潜行する言論」<小人閑居日記 2002.12.8.>

 「「饒舌列島」日本の言論」という章が、加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』 にある。 日本には寡黙の伝統があり、昼は農作業、夜は内職というように(た そがれ清兵衛のように)、無言で仕事をしてきた。 おしゃべりは仕事の邪魔に なるといわれた。 それが今や、メディア(とくにテレビ)が、携帯電話が、 とどまることのない饒舌文化をつくりだした。 「はなす」ことをその職業生 活の一部とする人口が圧倒的に増加してきた。 戦後の憲法は「言論の自由」 を保障し、私もそうだが「ホームルーム世代」が生まれた。

 それが、だんだん(1980年代から)言論は不自由になってきている。 圧 力団体が増加し、ある団体が特定の用語について異義をとなえれば、その言葉 を使わないようにする慣行が定着してしまった。 現代のメディアはまことに 脆弱で臆病だ。 筒井康隆さんの断筆宣言は、そうした状況への抵抗だったろ う。 われわれはさまざまな形で独白をつづけている。 「潜行する言論」だ。  パソコン通信、自費出版(私が、ここを読んでドキリとしたのはいうまでもな い)、そして唐突だがカラオケ。 単に表現するだけで自己満足をしばし味わう、 「不自由」な人間が発見した「自由」な世界だ。 「不自由」に甘んじている われらの時代は、じつは陰湿な時代ではないのか。 その先には、内部の圧力 によって破れる噴出が予告されているかのように、加藤秀俊さんにはみえると いう。

       「日蓮の遺産」、外国人問題<小人閑居日記 2002.12.9.>

 加藤秀俊さんの『暮らしの世相史』で、ほかに興味深かった記述を、あげて おく。  「終末と再生--「世直し」の系譜」の章、「日蓮の遺産」の節。 日蓮の国 家や世の中の改革の必要性を説いた思想が、昭和・平成史で、社会主義運動や 国家主義運動と結びついて活発な動きをみせた。 昭和7年に「一人一殺」の テロ事件をおこし井上準之助や団琢磨を暗殺した井上日召の血盟団も、その基 盤は法華宗だった。(この事件のことは城山三郎さんの『男子の本懐』でくわし く知った) 日蓮宗系の新興宗教に、霊友会、立正交正会、そして創価学会な どがある。 現在与党の一翼をになう政党が、そうした「世直し」の系譜の宗 教団体と深い関係にあることは、あまり指摘されていないことで、注目すべき ことだと思った。

 「現代「異人」考」の章。 日本にいる外国人は、不法滞在をふくめ3百万 人(1999年)。 不法入国、不法滞留は犯罪であり、それに対する甘い態度 はとりかえしのつかない禍根を残す。 先に見た日本語をどうするのかという 問題、その確立と教育にも関係するが、各市町村立の日本語学校をつくれ。 い ま数百万人におよぶ外国人、そしてすでに永住したり、それを願っている「新 日本人」をこの日本列島のなかに迎えつつある時代に、そもそも日本という国 がよって立つ基盤を明らかにし、その定位をさぐらなければならない。