入船亭扇辰の「田能久」2019/11/11 06:56

 皆様、ご無事でよろしゅうございました。 午前中、出かけたんです、あの 豪雨の中を、濡れて肌寒かった。 休むほど、大した芸人じゃないし。 爺む さいのは、扇橋の弟子だから仕方ない。 鈴本は、昼夜休み、断水だそうで、 世間中水が溢れているってのにね。 落語界、世間とずれている。

 いろいろと、せっつかれる、家事、育児、介護…、車が錆びついている。 そ ういう時、道楽が潤滑油になる。 月一で、気の合う仲間(噺家じゃない)と、 10人くらいで句会をやっている。 宗匠がいなくて、互選。 一杯やりながら、 ああでもない、こうでもない、と言い合うのが楽しい。 結社に入れば、上達 するんだろうが、宗匠の色に染まるんじゃないか。 口うるさいおばさんに、 才能無しなんて、言われたくない。 よくあれに出るよ、志らくさんは…。

 阿波徳島の田能村に久兵衛さんという人がいて、大の芝居好き。 村芝居で 真ん中に立って座頭、田能久一座で伊予の宇和島へ出かけた、母親を家に残し て。 連日大入りだったが、4、5日して、おっ母さんの具合が悪いという知ら せが入った。 急遽かつらを2、3点、持って帰ることにし、鳥坂(とさか) 峠にかかるのを、村人たちが悪い獣がいるから止めろと言う。 しかし敢えて 山の中に入ると、日が暮れてきた。 ポツポツと降り出し、篠突くような雨に なった。 小さな掘立小屋、炭焼きの小屋らしいのを見つけて、入る。 真っ 暗、囲炉裏があったので、持っていた紙に火打石で火をつける。 あーー、助 かった、腹が減っているのを思い出す。 むすびを食う、クチャクチャ(梅干 の種を出す)。 大きなのを二つ食って、横になる。

 どのくらい寝たか、小屋の入口に八十過ぎの白髪白髭の老人が立って、こち らを見ている。 寝たふりをしていると、旅人起きろ、誰かに悪い獣がいるか らと止められなかったか、と言う。 味を忘れるところだった、人間の味を。  俺は、ウワバミだ。 あなたは、ウワ様で。 領収証の宛名みたいに言うな。  裸になって、俺の口に飛び込め。 母親の具合が悪くて、駆けつけるところで。  名前と所は? 阿波徳島、田能村の久兵衛、田能久で。 えっ、タヌキか、人 間じゃねえ、タヌキか。 俺は鳥坂峠のウワバミで人を化かす、タヌキが人を 化かすのを見てみたい。 化ける所を見せろ。 久兵衛さんが思い出したのが、 かつら、女のかつらをかぶる。 いかがで! 坊主のかつらで、ナンマイダブ!  つづいて、石川五右衛門の百日かづら。 うまいもんだな、俺は人間にしか化 けられない。 俺はあの松の木二本の間に住んでいる、親類づきあいをしよう じゃないか。 お前、何か怖いものがあるか? 饅頭は駄目だぞ。 お金が怖い、 人間の使う金が。 俺が怖いのは、煙草のヤニと、柿渋だ、あれが付くと動け なくなる。 早くお袋の所へ行け、俺も穴に帰る。

 助かった。 峠から、転がり落ちるように村里へ、タヌキに間違えられた話 をする。 ウワバミの声を聞いた。 悪い獣はウワバミだったのか、みんな来 い、ウワバミ退治だ。 一斗樽三杯に煙草のヤニと柿渋を集め、鳴り物をトン トンカンカン、法螺貝をブゥオーーッ、鉦をチーーン。 うるせえな。 旨そ うな人間が来たぞ。 ウワバミが穴から出る。 かけろ! 柄杓や水鉄砲で、 煙草のヤニと柿渋をかける。 ギャーーッ! ウワバミは穴に入る。

 久兵衛さんが家に戻り、おっ母さんの手を取って、明日の朝は旨え粥をつく ってやるから、と話していると、表の戸をドンドン、開けろ! 血だらけ、泥 まみれの老人が、勘弁ならねえと、金色の小判を撒き散らした。 金色の小判 が、八畳いっぱいに広がった。 久兵衛さんの金玉は八畳敷きだ。 勘定して みろ。 やっぱり久兵衛さんは、千両役者だ。

三遊亭歌武蔵の「蒟蒻問答」2019/11/12 07:00

 歌武蔵は、薄茶色の着物と羽織、最近は遅れて来る師匠がいなくなった。 談 志は遅れた。 紙切りの正楽がひどい目に遭って、一人で35分ぐらい切って いた。 池袋だと、お客一人に三枚ずつ切ったりした。 「つなぐ」という。  羽織を放るのが、来た合図。 今はスマホがあるけれど。

 2001年の9月、北海道の留萌に、小朝師匠の落語会で行った。 師匠は電車 で先に行っていて、われわれは飛行機で当日入りだったが、羽田に行くと欠航、 午後は飛べるんじゃないか、電車にするか、飛行機にするか、選べという。 ど ちらがいいか、指をおいて占い、飛行機にしたら、飛んだけれど、ひどい揺れ だった。 留萌は夕焼け、小朝師匠が着いていない。 私が前座で、つなぐ。  せめて25分から30分やって下さい、と。 脇を見ると、係が手で×をつくっ ている。 市民会館のデジタル時計を見ながら、続ける。 袖で、係がまだ手 を縦に伸ばしている。 10分後、小朝師匠登場(歌武蔵は羽織を脱ぐ)。

 その昔、困ったのは、寺の和尚がいなくなること。 次の和尚が流れつくの を待つ。 江戸から流れてきた八五郎、安中で行き倒れになって、蒟蒻屋の六 兵衛親分に助けられる。 遊びが過ぎて、悪い病いを引受け、草津に湯治に行 く途中だった。 すっかり体がよくなって、親分の頼みなら聞くと、寺の坊主 になる。 経なんか読めなくても大丈夫、イロハに節をつければいい、と言わ れて。 一つやっつけましょうか。

 毎日、酒を飲んでいる。 権助、何をやっているんだ? 落葉を集めて、火 をつけようと思って。 こっちへ来い、てえくつだ。 弔いがあれば、穴掘り をしなければならないが、酒の付き合いをしてくれ。 手酌で一杯、寺方では 般若湯といいます。 鰹節は巻紙、玉子は御所車、中に君がまします、アワビ は伏せ鐘、タコは天蓋、形が似ている、ドジョウは踊り子。 鰻を食いに行き たい、芝居も観たいけれど、踊り子鍋でもやるか。 踊り子を買って来い。 こ うだな、えけえ鍋でやるのけ。 銅鑼だ。

 表で、「頼もう」の声がする。 鼠の衣を着た坊主が、拙僧は越前の永平寺、 沙弥托善と申す諸国行脚雲水の僧、禅家の御寺と拝見して問答をと、言う。 大 変だ、問答の坊様が来た。 宗門の決め式で、問答に負けると、唐傘一本背負 わされて追ん出される。

 俺は小坊主だ。 小坊主? 三日水につけてふやけた。 大和尚は留守だ、 二三日帰らないこともあれば、二三年帰らないかもしれない。

 こっちから先に追ん出たらどうだ。 おら、信州の丹波島で炭焼きでもなん でもできる、駆け落ちしないか。 銭がいる、寺の物を売ろう。 よかんべえ、 長い浮世に短い命だ。 前橋の道具屋を呼んで来い。 蒟蒻屋の親分も連れて 来い。 永平寺はこの寺の大本山だ。 大掃除だ。 金目の物を売っ払って、 丹波島へ行こう。 丹波島は、川中島に近い。

 親分、また問答の坊様が来る。 大和尚は留守だって言ったんだろう。 い いよ、問答僧が来たら、俺がやっつける。 俺の前に座らせろ。 酒の支度を しろ。 袈裟は売って、飲んじゃった。 帽子(もうす)は、火事の手伝いに 行って、焦がした。 払子(ほっす)は、馬の尻尾、毎朝ハタキに使っている。  大釜にどんどん湯を沸かせ。 乞食坊主が来たら、長い柄杓で、肥え柄杓でい い、熱湯をかけるんだ。

 蒟蒻屋の六兵衛親分が、大和尚に成り済ます。 問答の僧が何を問いかけて も、答えない。 禅家荒行の内、無言の行中と察して、指で丸い輪を差し出す。  親分は、大きく(巨人軍の)丸ポーズ。 僧が両手のひらを出すと、親分は片 手のひらを出す。 僧が三本指を出せば、親分はアカンベエをする。 問答の 僧は、平身低頭して、また修行して参りますと、去って行った。

 権助が追いかけて行き、僧に、その訳を訊いた。 大和尚の胸中はとお尋ね したところ、大海のごとしとのお答え。 つぎに十万世界はと訊けば、五戒で 保つ、及ばずながら、さらに三尊の弥陀はと問えば、目の下にありとのお答え。  到底及ぶところではございません。 両三年修行して修行して参ります。

 一方、六兵衛親分、あの野郎、お前のところの蒟蒻は、これっぱかりだと手 つきでケチをつけやがる。 俺んところのは、こんなに大きいと言ってやった。  すると十丁でいくらかって値段を聞く、少し高いと思ったが、五百文だってや ったら、しみったれた坊主だよ、三百文に負けろってえから、アカンベエをし てやったんだ。

桂三木助の「天狗裁き」前半2019/11/13 06:57

 三木助は、真打になって二年、ネタ下ろしは緊張するという(㐂いちとは逆 だ)。 いろんな不安があって、テープやCDで勉強する。 落語は口伝だから、 師匠によっていろんなパターンがある。 兄(あん)ちゃん、元に戻して(自 分の付けた色を落して)やろうとか、そのままやる人もいる。 原本のテープ をくれたりする。 落語界は、まだテープレコーダーが現役だ。 伯父は四代 目三木助。 可哀そうな先輩がいて、亡くなった人のテープが聞けない。 お 化けが嫌いで、怖いと言い張る。 十年ほど前の話で、兄さん、大人になって、 昼間だったら聞けるよ、と。

 高座が近づくと、見る夢がある。 当日、噺を憶えられずに、舞台の袖にい る。 高座に座っても、噺に入れず、ずーーっとマクラをしゃべっている、今 日のような状態。 焦って、目を覚ます。 そして、稽古しようと思う。 夢 は不思議だ。

 この人は、こんな所で寝て、だらしない顔。 今度は、嬉しそうな顔をして、 笑ってる、面白い夢かなんか見ているんだ。 お前さん、どんな夢を見たの。  夢なんか、見ちゃいないよ。 女の夢かなんか見ていたんだろ、どんな夢だっ たの。 夢なんか、見ちゃいない、しつこいな。 怒んなくてもいいだろう(泣 く)、この貧乏所帯を 切り盛りしているのは、誰なんだい。 張り倒すぞ。 張 り倒せるものなら、張り倒してみろ。 何を! さあ、殺せ! 待ちな、待ち な、お崎さんも、熊の野郎も。 どんな夢を見たかで、さあ、殺せ!になった んかい、仲裁に入りやすい喧嘩をしてくれよ。 お崎さん、俺んちへ行って、 かき餅でお茶でも飲んできな。

 すまなかったな、兄弟。 お前と俺の二人っきりだ、どんな夢を見たんだ?  お前と俺は、ガキの時分からの友達だ。 夢なんか、見ちゃいないんだよ。 お い、おい、おい、それはないだろ、話せよ。 俺は口が堅い、背中を鉈で割ら れて、鉛の熱湯を注ぎこまれても、しゃべらない。 だから、夢なんか、見ち ゃいない。 悪かった、あらすじだけでいいから。 帰えれよ。 俺は、命の 恩人だぞ、去年の暮、お前が風邪で寝込んだ時、駆けずり回って、銭をこさえ てやった。 一昨年の3月28日のことを忘れたか。 何を! お前なんか、 兄弟でも、何でもないからな! バチ、バチ、バチ、バチ! 待て、待て、待 て、お前たち、何で、取っ組み合いの喧嘩してんだ。 大家さん、こいつはど うしても見た夢の話をしないんだ、やな野郎でしょ。 お前も、他人の夢の詮 索をするぐらいなら、店賃を払え。 幾つ? 三つ溜まってるんだ、帰えれ、 帰えれ!

桂三木助の「天狗裁き」後半2019/11/14 07:06

 こういう時のために、大家がいるんだ。 おしゃべり野郎を帰した、私は口 が堅い、棺桶の中まで持って行く。 私とお前は、大家と店子だ、隠し事をす ることはない。 私は、町役人だぞ。 どうしても話すことができないのか、 はい、結構だ、店を空けてもらおうかい。 出てってくれ。 信用おけない店 子がいては、ほかの奴に示しがつかない。 お奉行所に訴えても、追ん出して やる。

 家主幸兵衛、町役人一同五人組、店子熊五郎、一同揃いおるか。 家主幸兵 衛、店子熊五郎が夢の話をしないとて、店立てを申し付けた由、相違ないか。  そのような下らぬことで、奉行所を煩わすとは、不届き至極、願書は願い下げ だ、熊五郎には罪はない。 熊五郎、その方は、少し待て。

 けして口外しなかったのはあっぱれだ、奉行、褒めてつかわす。 この奉行 には、しゃべれるであろう。 拙者は将軍様のお眼鏡にかなって、奉行を勤め おる。 すまんな、座興じゃ、わかっておる。 退がれ、退がれ! かく人払 いをした、二人っきりだ、誰もおらん、しゃべれるだろう。 それでも、しゃ べらぬか。 拷問じゃ、荒縄で縛って、庭の松の木に吊るせ。

ブランブランしていると、一陣の風に中天高く巻き上げられた。 着いたと ころに、雲突くような身の丈抜群、手に葉団扇を持った大天狗がいた。 ハッ ハッハ、心付いたか、ここは高尾の山中じゃ。 江戸の上空で、不思議な話を 聞いた。 見た夢の話をしないのを、奉行が重き拷問で聞き出そうとしている ではないか、不憫じゃによって、助けてやったのだ。 天狗は人間ではない、 夢の話など聞きたくはないが、どうしてもというなら、聞いてやってもいいぞ。  わっちは、本当に夢なんて見ていないんで。 優しく言っている内に、話すの がよかろうぞ。 天狗を怒らせると、どうなるか、知っておろうな。 この長 い爪で八つに切り裂いて、小枝に吊るし、カラスの餌食になるのだぞ。 大天 狗の長い爪が、熊五郎の首に伸びる。 「助けてえーーッ」

この人は、ずいぶんうなされているねえ。 ちょいと、お前さん、起きなさ いよ、いったい、どんな夢を見たの?

入船亭扇遊の「たちきり」前半2019/11/15 07:02

 扇遊は、黒い羽織に、鼠色の着物。 今日のメンバーと飲んでも駄目だが、 色気、女性がいると盛り上がる(長岡輝子さんがいたりしてもと、と聞いたよ うな気がする)。 自分たちでお座敷遊びをしようということになった、月々5 千円ずつお座敷貯金して、年に一回行けるどうか。 六カ所、神楽坂、葭町、 向島(柳橋)、新橋、赤坂?、浅草?に行った。 終いに祇園に行こうという話 だったが、行けなかった。 昔、お茶屋では時間でいくら、線香で計って、た ちきると、いくらとなる。 碁盤のようなものに線香を立てて、一本1円とか、 1円50銭になる。 それで、田舎から来た女中が、線香を3把持って逃げた。

 若旦那の傍に寄るなと、20銭もらったんです。 1円やるよ、人が寄ってい る、何を話しているんだ。 ご親類の方々です。 誰だ? 横浜や甲府のおじ さん、埼玉のおばさんです。 旦那様が、ウチの金食い息子には堪忍袋の緒が 切れた、処分します、と。 甲府のおじさんが、若旦那を炭焼きにする、する と病気になるが、そのままにする。 横浜のおじさんは、それは手ぬるい、一 緒に海に釣りに出て、舟をひっくり返す、私は泳ぎができるが、あいつは泳げ ないから、魚の餌になる。 埼玉のおばさんは、私が引き取ります、ウチには 暴れる大きな牛がいる、鞭でビシッっとやって、角で横腹を突き殺させる、と。  すると番頭が、若旦那はお金の有難みがわからないのだから、乞食にして、そ れをわからせたらどうかと言った。 皆さん、それがいい、そうしよう、そう しようということになりました。 若旦那、あなたは乞食です。

 番頭、大変なことを言ってくれたね、お前は奉公人だ、親父に万一のことが あれば、この身代は私のものだ。 若旦那、ここに汚い着物、縄の帯がありま す、着替えて下さい。 欠けたお椀と汚い箸も用意しました。 そんなの、い やだよ。 その代りに、ああする、こうするというんなら、お前の好きなよう にするから。 それでは、百日の間、蔵住まいを願います。 三度の食べ物、 お望みのものは何でも、蔵に入れます。 この蔵へ、どうぞ。 ドンと、扉を 閉めた。

 こんなことになったのは、柳橋の料亭で、久(ひさ)の家の初心な芸者小久 を見初め、お互い夢中になって、理(わり)無い仲になった若旦那が、莫大な 店の金を使い込んだからだった。

 午後、若い男が、柳橋よりという手紙を持って来る。 番頭は、封も切らず に、帳場の小抽斗(ひきだし)に入れる。 夕方にも一本、明くる日は三本、 次の日は五本、十日目に戸を開けると、手紙を持った奴がずらーーり。

 百日が経った。 若旦那、お早うございます、その節は大変ご無礼なことを 致しました。 番頭さん、お前さんのしてくれたことを、有難いと思ってます。  礼や詫びは、私の方で言わなければならない。 今日が、その百日か、蔵住ま いもなかなかいいもんだ、もう少しいると、長生きが出来そうな気がする。 お 出まし頂かないと、火が消えたようで。 お父っつあんは、お変りないか。 お 元気です。 柳橋から、毎日手紙が…。 その話は、やめましょう。 聞いて 頂きたい、蔵にお入り頂いた日の2時頃、手紙が届きましたが、私の一存で小 抽斗に仕舞いました、日の暮方、別の若い方が手紙を持って来ました。 毎日 手紙が参りましたが、惜しいことをしました、80日目、手紙がパタッと来なく なりました。 牛を馬に乗り換える、手のひらを反す、あの里の常で。 これ が最後に来た手紙です、これだけでもお読み下さい。 私は読みたくない、番 頭さん、そちらで読んで下さい。 「もはや、この世ではお目にかかれず候、 かしく」。 <釣り針のようなかしくで客を釣り>と申しますな。