柳亭市馬の「掛取り」前半2019/12/03 07:06

 市馬はグレイの着物に、茶褐色の羽織、挨拶をして、お茶を飲む。 暮の寄 席、演芸場は満員、借金取りから逃れているのか。 <味噌漉しの底に溜まり し大晦日越すに越されず越されずに越す> 慌てることはねえ。 でも、借金 取りが来るよ、言い訳のセリフに困る。 去年は、お前さんが死んだふりをし た。 どこかで大きな棺桶を一つ見つけてきて、中に入って、お前泣けって、 泣けるかい。 皆さん、お悔やみに来て、仕方がないから、目の下にお茶をつ けて泣いたふりをしていたら、白井さんが、目からお茶殻が出てますよって。  大家さんなんか、涙を流さんばかりにして、香典出したから、店賃もきちんと 納めていないのにって言っていたら、お前さん、棺桶の蓋開けて、いいから貰 っとけって。 大家さんが驚いて、八十過ぎてんだよ、下駄も履かないで、す っ飛んで帰った。 明くる日、お前さん、その下駄履いて、大家さんのところ へ年始に行ったんじゃないか。

 好きなものには心を奪われるっていうからな、俺が言い訳をする、相手の好 きなもので。 大家さんは何が好きだ。 狂歌が好き、狂歌家主って言われて る。 お前は押入れに隠れていな。 おや、大家さん、お寒いのに、お茶淹れ るから。 お茶はいいから、店賃を払え。 いくつ? 四つ溜ってる。 数が 半端だ、五つになったら、きれいに流す。 質屋じゃない。 最近、良からぬ ものに凝っていましてね。 何だ? 狂歌、やってみると面白い、大家さんの 気持がわかる。 「何もかもありたけ質に置き炬燵かかろう縞の布団だになし」。  面白いな。 貧乏という題でやってみました、「貧乏の棒も次第に長くなり、振 りまわされぬ年の暮かな」、「貧乏をしても下谷の長者町、上野の鐘のうなるの を聞く」、「貧乏をすれどこの家(や)に風情あり、質の流れに借金の山」。 お 前のは貧乏ばかりだな、あたしも一つやろう、「貸しはやる、借りはとらるる世 の中に、何とて大家つれなかるらん」。 ありがとうございます、桜丸の散る頃 までには、お届けします。 ではどうぞ、お気をつけて、よいお年をお迎えに なりますように。 お前さん、上手いもんだねえ、どこで憶えたの。 寄席に 行くと、噺家がやってるんだ。

 また、来たよ、魚屋の金さんだ、喧嘩が好き。 薪ざっぽう、薪の太いの、 持って来い。 手拭いで、鉢巻をして…、お前は押入れに入ってろ。 こんば んは、八っつあんはいるかい。 おお、いたいた。 金公だな、ふてえ野郎だ、 こっちへ入れ。 銭はねえ、四の五の言わずに、とっとと帰れ(と、ケツをま くる)。 何を、普段が肝心だ、こないだ往来で会った、なぜあの時、言い訳を しなかったんだ、勘定を取るまでは、ここを一寸でも動かない。 いいな、五 分でも動いたら、この薪がお前の血を吸う。 普段が肝心だ、こないだ往来で 会った、なぜあの時、催促しなかったんだ。 催促したら勘定払ったのか、ち くしょう。 動いたな、いったん歯から出した言葉は守れ、じゃあ勘定を取っ たのか。 まだ、何十軒も回るんだ、もらったよ。 受取を出せ。 判が捺し てない。 こんな馬鹿な話はない、ゆんべの夢見が悪かった。 いくつ捺すん だ、真っ赤になっちゃったじゃないか。 商売人だろ、勘定取ったら、お礼を 言え。 なんだ、獅子頭みたいな顔をして。 六円三十銭也か、がめとくなよ、 払ったのは十円札だ、釣りを寄こせ。 ふざけるな。 怒って帰っちゃったよ、 あんなことを言って可哀そうだよ、春になったら、あたしが払いに行くから。