五街道雲助の「火事息子」前半2019/12/07 07:02

 私で最後ですから、しばらくお付き合い下さい。 今、帰ろうと思っても、 ドアに鍵がかかっていて、出られません。 江戸城の天守閣が、振袖火事で焼 け落ちた。 町方からの火事で、江戸の七割が焼けた。 火除地がつくられ、 町内に火の番小屋が置かれた。 定火消、大名火消、そして町火消が設けられ た。 町火消は、いろは四十八組というけれど、ひ組はいけないてんで、ない、 へ組はだらしがない、幅が利かない、ら組もない。 纏(まとい)を先頭に、 ま組の次にら組が来ると、具合が悪いともいうが、江戸っ子は巻き舌でら組が 言えない。 代りに百・千・万という組があって、いろは四十八組。 定火消 は10~14カ所あり、与力、同心に、臥煙(がえん)という火消人足がいた。 臥 煙は、褌(ふんどし)に法被(はっぴ)一枚、全身に彫り物を入れていたが、 これが痛いので、上方では「我慢」と言った。 噺家にも、以前は彫り物を入 れている人がいて、背中に定紋を入れ、夏場も失礼がないと言っていた。

 臥煙は、奴銀杏に髷(まげ)、鳶口持って、火の中に飛び込む。 その勇みに 憧れた藤三郎は、神田あたりの質屋の倅、火事が好きで、半鐘がジャンと鳴る と、飛び出す。 十七の時、火消になりたいと言い出し、十九の年に家を飛び 出した。 久離切って勘当ということになり、五年が経った。

 冬の寒い晩、筑波おろしの強い風の中、ジャンジャンと半鐘、それが二番、 擦半(すりばん)に変わり、太鼓がドンドン鳴る、大変な騒ぎ。 貞吉、どう した? 表を通る方が、この家は蔵に目塗をしていない、と言っています。 左 官の源治に言ってあるだろう。 風下の方で手一杯だと申しまして。 番頭さ ん、目塗をしておくれ。 高い所が得手ではありません。 私も一緒にやる、 土さえついていればよい。 番頭さん、梯子を登って、目塗台に乗って。 折 れっ釘をつかめ。 用心土をこねるんだ、用水桶の水でこねて、大きな団子に して。 いいかい、番頭さん、ヒノフノミ! おでんをつまんでんじゃないよ、 上からつまむな。 下からしゃくうように、受け取れ。 大きいのを、ヒノフ ノミ! 顔にベチャ。 私の頭でございます。

 その様子を近くの屋根で見ていた一人の臥煙、屋根から屋根へ、ポーーンポ ーーンと飛び越えて来た。 番頭、俺だよ。 アッ、若旦那。 親父は、めっ きり老け込みやがったな。 お前が動き易いようにしてやる。 (前掛けを折 れ釘に結わえてくれ)手を放してみろ。 番頭さんが、ブランブランしてます。  かっぽれ踊ってやがる。

 鳶頭(かしら)、どうした? 火事が湿りました。 表の品物を、どんどん運 び込め。 どちら様で? 吉田屋で。 早速の火事見舞、有難う存じます。 帳 面に付けて。 一杯、召し上がって頂くように。 昔から、肴は沢庵と決まっ ている。 高田屋でございます、風邪の親父の代りに参りました。 いい跡取 りに成んなさった、ウチのと宮参りが一緒だった。 嫁御と孫がいるのか、ウ チの馬鹿は、どこでどうしているのか。