林家正蔵の「幾代餅」前半2020/01/04 08:24

 その昔、日本橋馬喰町の搗き米屋の若い衆、清蔵がフラフラ病いで寝込んだ。  おかみさん、ご心配かけて、すみません、私のは、お医者様でも草津の湯でも という気の病いで。 話をしてごらん。 おかみさん、笑うから。 笑わない よ、本当に。 鼻が、もう笑ってる。 生れつきだよ。 私、一目でいいから、 会って、話をしてみたい、×××××と、女の人ができました。 恋患いじゃ ないか、ハハハハハ、で、誰だい?  金物屋のおみよちゃんか、仕立屋のお 糸ちゃんかい? 人形町にお使いに行って、具足屋という絵草紙屋で見た錦絵 の、隣の人に聞いたら、吉原で今評判の、姿海老屋の幾代太夫だそうで。 幾 代太夫といえば大名道具、お殿様、金持しか逢えない。 それからは、その人 の顔が浮かぶと、胸がどきどき、目がぐるぐる回って、飯も食えない、職人じ ゃあ駄目なんだと、寝込んじゃいました。

お前さん、清蔵の病いが、わかりました。 錦絵を見て、恋患い。 真面目 なんだ、行って来るよ。 おい、清蔵! 親方、すみません。 逢いに行きゃ あいい。 大名道具ったって、金だ、向こう一年、一生懸命働け、俺が逢わし てやるよ。 トン(と、起き上がり)、治りました!

 一年過ぎた。 親方、よろしゅうございますか。 私の貯めたお金、いくら になりましたか? 十三両二分だ、もう少しがんばれ、二十両貯まりゃあ、暖 簾分けの店が出せる。 その金、下さい。 どうするんだ? イクヨ。 どこ へ? 幾代太夫、忘れちゃったんですか、約束したじゃないですか。 お前、 まだ憶えていたのか、あれは嘘だよ、もったいないよ。 そんな、親方、頂け ないんですか、また、患っちゃいますよ。 一晩でなくなるんだぞ、それでも 逢いたいか。 どうしても。 江戸っ子として、いい、渡してやるよ。 逢え るんですか。 大店の遊び、俺はしたことがないんだ。 そうだ、いい人がい た、横丁の先生、藪井竹庵先生なら、何とかしてくれる。

病人はどこだ? いないんです、いたら、先生に診せない。 若い者を遊び に連れて行ってもらいたい。 わくわくするな、病人と聞くと、そうはならな い。 清さんが恋患い、十三両二分あるのか。 やってみるが、逢ってくれな いとなったら、どうする。 縁がないと思って、諦めます。 初会、ちょいと 顔を見せるだけだぞ。 それでもいいのか、心意気が気に入った、いつ行く?  今晩。 そうか、夕景に迎えに来る。

髪結床で小ざっぱりして来い。 この着物にしろ、結城の二枚合わせだ。 い いな、どこかの若旦那じゃないか。 財布(せーふ)に十三両二分、おっかあ と相談して十五両にしといた、そっくり使って来い。 先生が見えた、行って 来い、清蔵! お店の皆さん、女郎買いに行って参ります。