柳家権太楼の「鼠穴」中2020/01/09 07:13

 三文、米屋でサンドラボッチを買って、ほどいて、緡(さし)をこさえる。  緡は、穴明き銭九十六文をさし、百文として使う。 緡を売ると六文になり、 さらに十二文、二十四文となった。 四十八文になると、米俵を買い、草鞋(わ らじ)をこしらえる。 半年経ち、大家さん、店賃持って来ました。 料簡が 気に入った。 長屋のおかみさん達にも、共同便所の掃除をしたり、どぶ板を 直したりして、評判がいい。 さらに半年経って、店を構え、草鞋、土瓶敷、 緡を売るようになった。

 二年経ち、竹次郎というのは、お前さんかい、深川の香具師の勘蔵だが、お 前さんの評判を聞いた、ウチの若え者に売らせてくんねえ。 いい手間賃で、 品物を渡す。 深川では、毎日どっかで縁日をやっている、勘蔵が後ろ盾にな ってくれた。 おかみさん達も、所帯を持ちなと、お光という娘と引き合わせ てくれた。 生れや、江戸へ出て来てからの話をして、お前さんを幸せにする ことが出来ねえ、と言うと、ワーーッと涙になり、その夢、一緒に見させても らいたい、と。 女っぷりが良くて、働き者、針が利く、ちょっとした細工も できる。

 二人の間に子供ができる、女の子、お花、赤ん坊の泣き声、笑い声に、長屋 中、花、花、花。 お花、預かってたのか、何で返すんだ、俺の所にも連れて 来い。 花が三つになって、竹次郎さん、質屋をやってみる気はないか。 蛤 町(はまぐりちょう)で質屋やってる旦那が、身体を壊して、居抜きで継いで くれる人はいないかと、探しているんだ。 職人の住む所だから、人情味のあ る人を探していて、向こうもお前さんにと言ってきた。 番頭がいる、その番 頭が調べて、お前さんなら、と。 大家さんに、質屋から居抜きでという話が 来たと、話してみな。 長屋の一番出世だ、花に会いたいから、ウチの婆ア質 に入れるから…。

 江戸の師走は寒い。 火事の怖さは、江戸中に知れ渡っている。 大家さん。  竹次郎さんと番頭さん、何ですか。 年の挨拶で。 忙しいだろうに、でも、 ありがたい。 血を分けた兄さんが、江戸で暮しているだろう。 十年前、お 前に何があったのか、花が深川で育って十歳になった、伯父さんに会わせたら どうだ。

 番頭さん、のし袋に三文、別に五両、渡してもらいたい。 蔵に目塗をして もらいたい、左官に言って。 鼠穴も塞ぐように。 羽織を着て行きましょう。

 番頭さん。 竹次郎さんじゃございませんか。 竹、まあ、座れ、座れ、無 沙汰はお互い様だ、噂は聞いたぞ、質屋の旦那になったと。 あの時、お借り した元手をお返しに、これは、その他で。 五両入ってた、銭はかわいいな、 三文が十年で五両になった。 竹、さぞ、俺のことを恨んでいるだろうな。 あ の時、竹は茶屋酒を忘れねえなって、思った。 江戸は生き馬の目を抜くよう な所だ、で、三文渡した。 怒鳴り込んで来たら、国へ帰そうと思ったんだ。  一生懸命生きようとすれば、誰かが助けてくれる。 竹の財産は人だ、銭は正 直だ、俺は誰もいない。 来たら、頭を下げてやろうと思ってた、すまねえ。  ちょっと手を上げて下さい。 兄さん、その通りだ、あの時の俺は吉原って所 を見たかった。 兄さん、すみません。 帰らなきゃならない、火事が怖い。  仙さん、膳の支度をして。 今日は、帰らせてもらう。 泊ってけ。 この風 だ、火事が怖い、鼠穴が気になって。 お前んとこが、丸焼けになったら、こ の身代をお前にやる、俺を番頭にしてくれ。 泊ってけ、二人で酒飲んで、ゆ っくり話をしよう。

 夜中の二時頃、ジャンジャンと半鐘、深川だ。 深川だ、竹の所が…。