福沢諭吉169回目の誕生日[昔、書いた福沢198]2020/01/21 07:06

      福沢諭吉169回目の誕生日<小人閑居日記 2004.1.11.>

 1月10日は第169回福澤先生誕生記念会があって、三田へ行く。 初め 例によって、幼稚舎生の「福澤諭吉ここに在り」(佐藤春夫作詞、信時潔作曲)、 ワグネル・ソサィエティーの「日本の誇(ほこり)」(富田正文作詞、信時潔作 曲)の合唱がある。 佐藤春夫作詞の二番は「とことんやれと 勇み立ち/錦 のみ旗 押し進め/幕府を伐つと 官軍は/長州 薩摩 土佐の兵/上野の山 を 攻め囲む」でニヤッとする、同六番は「洋学の灯は 消すまいぞ/これが 消えれば 国は闇/我らのつとめ 忘るなと/十八人を 励まして/福澤諭吉  ここに在り」。

 安西祐一郎塾長の年頭挨拶。 あと4年で創立150周年を迎える今年は、 慶應義塾の夢、実現の第一歩の年。 教育と研究の質の向上のための新しい仕 組と施設を整備して、国際水準での「未来への先導者をつとめる二十一世紀福 沢塾の出発点」である。 そうした150周年を社中(慶應では卒業生、教職 員、学生をこう呼ぶ)一同でつくりあげていこう。 慶應義塾が「国の発達を 測るメートルである」度合は、ますます増えている、と。

 部外(社中外)の人が聞いたら、どう思うだろうかと心配になる、その自画 自賛を聞いて、みんなで塾歌を歌うと宗教みたいな、ちょっとこそばゆい気も したが…。

        女子高校生のアメリカ論<小人閑居日記 2004.1.12.>

 福澤先生誕生記念会では神谷健一さん(三井住友銀行名誉顧問・前慶應義塾 評議委員会議長)の記念講演「三田山上の思い出」が予定されていて、私など は塾長の挨拶よりは、こちらを期待して行ったのだ。 それが神谷さんは、腰 を痛めていたのと、塾長が立派な演説(神谷さん)を長々とやったので、ごく 短い話で降りてしまった。 拍子抜けするとともに、集まっている人々に失礼 ではないかと思った。

 この会では毎年、小泉信三賞全国高校生小論文コンテストの表彰式がある。  その選評も、今年から割愛され「『三田評論』を読んでくれ」ということだった。  今年の小泉信三賞、次席、佳作三席の計五名は、ぜんぶ女性だった。 課題は、 福澤諭吉への質問、ユーモアについて、生命、アメリカと世界、から一つを選 択する。 言い付け通り『三田評論』で選評と受賞作を読んだ。 やはり小泉 信三賞の中央大学杉並高校三年小松原優美(ゆみ)さんの「幻想から現実へ~ 成長するアメリカへの期待~」に感心する。 多民族国家であるアメリカでは 「人種のるつぼ」というのをやめて「サラダボウル」と言おうという気運が高 まっているという。 つまり溶け合って一つになり、それぞれの原型がみえな くなるような融合のしかたでなく、同じボウルの中でそれぞれの見分けがつく 共存の仕方を目ざそう、と。 小松原さんには、そんなまだできあがっていな い「未完の大国」アメリカが世界をリードし、国際平和の担い手を自負してい るのだ、という危なっかしい地球の構図が見えてくる。 アメリカを構成して いるサラダボウルの中の野菜は、それぞれの畑から出てきているのだから、ア メリカは排他主義にはならない。 アメリカは完成されていないが、成長して いる、できあがっていない国の未来がある。 それはできあがっていない「世 界」の未来でもある。 アメリカを支え、ときには諌め、そしてアメリカと一 緒に成長するのだ。 というのが、アメリカへ行って自分の目で見、耳で聞き、 感じ、考えたことを、自分の言葉で素直に語った、彼女の結論である。