桂宮治の「権助芝居」<小人閑居日記 2020.3.1.>2020/03/01 07:36

 安倍首相が新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、多数の観客が集まる 国内のスポーツ・文化イベントの開催を今後2週間自粛するよう要請した2月 26日は、国立小劇場の第620回落語研究会の日であった。 学生運動の盛んな 頃にも厳戒態勢の三宅坂界隈に出かけたことを思い出したが、「落語聴き」の決 死隊である。 主催のTBSは開催を決め(当日になってようやくハガキが来た)、 入口で非接触型体温計で体温測定を実施、37.5℃以上の人は入場を断わること とし、できるだけ会場内外でのマスクの着用を求めた。 いつもの店で一杯や った友人二人も、幸い体温測定をクリアすることができた。

「権助芝居」    桂 宮治

「巌流島」     柳亭 小痴楽

「胴乱の幸助」   桂 吉弥

       仲入

「ひなつば」    桂 やまと

「夢の酒」     柳家 喬太郎

 桂宮治は、どこの誰だか、わからないでしょうが…、と出ると、「戸越銀座!」 と声がかかる。 TBSは、宮治、小痴楽と芸協(落語芸術協会)を並べたのも そうだが、この地獄、客席の空きに、よく開催に思い切ったものだ、放送がな いから言うけれど、万一何かあったら、他局から袋叩きに合うだろう。 昨日 他局のNスタを見たら、ホラン千秋が新型コロナのニュースを伝えた、すぐ次 にどこどこの定食という定番をやっていた。

 ストレート芝居を観に行く、『ハムレット』いいですね、素敵。 (新劇調の 声で)「ハムレット!」、「ホレイショ!」、本気でやっているのか。 素人芝居 は、うまくいかない。 役者が一人足りない、伊勢屋の若旦那が来ない。 役 は、くじ引きで決めたのに。 代りに番頭さんはどうだ。 ソロバンは上手い が、駄目だ。 権助、飯炊きの権助がいい。 権助! 権助! 何で、衣装ケ ースの中に隠れてるんだ。 ゴーン助だ。 芝居なら、田舎でチョウチンブラ をやった。 チョウチンブラ? 忠臣蔵だろう。 ブツダンメのアマッコガタを やって、流し目の権助と言われた。 ブツダンメ? 七段目か。 高い所で、き れいなアマッコが鏡を見て、涼んでいるのをやりました。 お軽だな、由良之 助は? どんどろ坂の茂十がやりました。 そこにいるのは、誰だ? なんて いうから、こちらも穴を埋めようと、そこにいるのは、どんどろ坂の茂十でね ぇーか。 穴を広げたな。 茂十が台詞を忘れて脂汗タラタラ流してるんで、 梯子段から落っこった。 客が、お軽の股グラ熊みたいだって。 だから前を 広げて、今日のお軽は、オスです。

 やってくれ、お小遣いを五十銭やるから、鼻紙でも買え。 五十銭、鼻かん だら、鼻が取れる。 『鎌倉山』、役は非人の権平だ、宝蔵に忍び込んで、宝物 のゆずり葉の御鏡(みかがみ)を盗んで来る、大泥棒だ。 大泥棒け、五十銭 お返しするべ、ワシは正直者の権助で通っているだ。 芝居だよ、芝居、御鏡 も曲げ物の蓋の上に銀紙を貼ったものだ、本当に盗むんじゃない。 五十銭、 もらっておきます。

セリフは? 恭しく戴いて、「ありがてえ、かっちけねえ、まんまと宝蔵に忍 び込み、奪い取ったるゆずり葉の御鏡、小藤太さまに差し上げれば、褒美の金 は望み次第。 人目にかからぬその内に、ちっとも早く」と言う。 駄目だ、 一日で覚えられない。 宝物の蓋の上に書いておいてやる。  曲者、待った! で、立ち回りになる、喧嘩だ。 相手は誰だ。 提灯屋の ブラ衛門。 提灯屋には怨みがある。 本当に喧嘩するんじゃない、芝居だ、 お前のアバラの三枚目に当て身を食わせる。 アバラの三枚目は急所だ、金、 返すよ。 芝居だ、形だけだ。 (権助、口笛を吹く)金、もらっとく。 そ れから荒縄でぎゅうぎゅうに縛られる。 金、返すべえ。 縛るったって、芝 居だから、後ろで押えているだけだ、手が出せる。 (口笛を吹き)金、もら っときます。

 縛られたところを刀でぐいぐいやって、何者に頼まれたと、詰問される。 責 められて、小藤太さまと言いかけると、その小藤太が現れて、お前の首をスパ ッと斬り落す。 お前の首は、前にゴロゴロ転がる。 金、返します。 張子 の首だ。 (口笛を吹き)じゃあ、もらっとく。 やってくれるか。

 幕を開けろ。 (権助、小便をこらえていて、)出ちゃうよ。 早く、出ろ。  駄目だ。 ちょっと、出た。 舞台に出ろ。 ヨーッ、権ちゃん! 権テキ!  権ジルシ! うるせえ、馬鹿ヤロ。 客と喧嘩しないで。 セリフ、セリフ…、 蓋の上に書いてある。 「あ り が て え、かっ ち け ね え」。ぜんぜん、 聞こえない。 客席は、みんなわかっている。 「ありがてえ、かっちけねえ、 まんまと宝蔵に忍び込み」でろう。 「まんま、まんま…」。 まんま炊きの権 助! まんまを炊いて十三年、こがしたことは一度もねえ。 初め、ちょろち ょろ、中パッパ、ジュウジュウ吹いたら火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子 泣いても蓋取るな。

 提灯屋の登場。 曲者、待った! 権ちゃん、セリフを。 曲者たあ、誰の こった、パンナコッタ。 立ち回り、荒縄でふん縛られて、動けねえだろ、権 ちゃん! お前達には、そう見えてるだけだ。 ほら、ほら(と、手を出して 見せる)。 本当に縛ってしまえ(と、ぐるぐる巻きに)。 何者に頼まれた?  番頭さんに、五十銭で頼まれた。

柳亭小痴楽の「巌流島」2020/03/02 07:19

 TBS落語研究会、只今より開演です、と、小痴楽は始めた。 落語協会と芸 協(落語芸術協会)は、どう違うか。 落語をちゃんとできるのと、できない のとの違い。 宮治は品川生れ、あれで品の字がついている、私は渋谷区、頭 がパーーッとなっている。 気を確かに持って、聴いて下さい。 落語研究会 に出るお話は、6年位前に浅草演芸ホールの楽屋に来て頂いて伺った。 TBS に落研(オチケン)あるんですかって、余計なことを聞いてしまった。 神田 伯山の披露興行が新宿末広、浅草演芸ホールの夜席で行われている。 浅草は 良い所、小汚いのが落ち着く、レンタル着物で歩いている人がいて、時代を感 じる、江戸を感じる。 浅草演芸ホールの真ん前に交番があって、楽屋から出 た小遊三師匠が調べられる。 酔っ払った80か90のお爺さんが、ビール瓶を 振りかぶり、お巡りさんに向って、殺すぞ! イッツ、アメージング。 はー い、殺さない(と、お巡りさん)。 池袋演芸場、小さくて落ち着く。 北口、 西口の、入口にある。 「どう、どう、安いよ」という、お姐ちゃんが寄って 来るところに、挟まれている。

 川に橋がない頃は、渡し舟だった。 もう出ようという渡し舟に、若侍が乱 暴に乗り込んで来て、胴の間にどっかり座る。 年の頃は26、7、鰐口で、エ ラが張った顔、額に剣術をやった面摺れの跡があり、朱鞘の大小を差している。  舟が出ると、煙草を吸い、舟べりで火玉をはらったら、雁首が取れて、ブクッ ブクッと川に沈んだ。 侍は船頭止めろ、ここだ、ここだと騒ぐ。 船頭は漕 ぎ続け、このあたりは流れが急で、泥深い、お諦めを願います、ご愁傷様で。  侍は川を見て唸っているが、皆あらぬ方を見ている。 そこへ屑屋が、只今は 飛んだことでと、しゃしゃり出る。 けっこうなお造りで、吸い口の方を手前 どもにお下げ渡しを、つなぎ合わせて面白いものができて、商売になることが ある。 値よく引き取ります、「屑――イ」とやったので、侍が怒った。 勘弁 ならん、手討ちにする、その方の雁首を落としてくれん、遠慮するな。 周り の連中、屑屋だけにボロを出したな、と、みんな見て見ぬふり。

 艫(とも)の方にいたご老人、中間に槍を持たせた、お旗本が、しばらく、 しばらくと、割って入る。 屑屋に、このお方に詫び言をなさいと言い、お腰 のものの穢れにこそなれ、しようもないこと、貴殿も許しておやりなさい、年 嵩ゆえお止めだてしている、身共も屑屋に成り代わって、お詫び申すと言うが、 若侍は聞かない。 屑屋に成り代わるのであれば、ご老体も真剣勝負の御立ち 合いをなさるのが筋。 迷惑千万な話、望むところではないが、お相手致そう。  船中でなく、元の岸で。

 若侍が、舳(みよし)に立って、漕ぎ返せ、と。 袴の股立ちを取って、供 に持たせた槍を受け取り、胴の間にすっくと立った老武士は、背も伸びた。 海 老のような腰が伸びて、まるで舟から生えた様。 どっちが、勝かねえ。

 桟橋に着こうとすると、はやる若侍は飛び上がった。 老体は、槍の石突き で、舟を押して、出せ、出せ、出せ。 そういうことですか、と、船頭は船を 漕ぐ、漕ぐ。 若侍だけが岸に取り残された。 馬鹿者にかまっちゃあいられ ねえ、本当に強いってのはこういうことだ、と舟の連中。 屑屋さん、お礼を 申し上げろ。 侍は、頭がなけりゃあ駄目だ。 ざまあみやがれ、柳の木と、 ヤットウヤットウやっていろ。 そういえば、あの侍、よく見ると、影が薄い、 面白くねえ奴だ、何か言ってやれ。 ここまで来い、馬鹿! 永代を回って来 やがれ。 やい、泳げないんだろう、この宵越しの天婦羅、揚りっぱなし。 屑 屋も何か言ってやれ。 「屑――イ」。

 若侍、着物を脱いで、小刀を腹帯に差し込み、ザブンと飛び込んだ。 どう するのかね。 水練に長けていると見え、姿が見えなくなり、五、六間先にブ クブクと泡が上がって、若侍の頭が出た。 その方、水中をくぐって、舟底に 穴でも開けに参ったか。 なあに、さっき落とした雁首を探しに参った。

桂吉弥の「胴乱の幸助」前半2020/03/03 07:26

 前座の林家彦星が、見台(上部は平らな小机)と膝隠し(衝立)を立て、見 台の上に小拍子(こびょうし、樫製で二本一組)を置く。 吉弥は朱色の羽織、 出囃子は「真室川音頭」だと言い、その関係で大阪茨木の出身だが山形県真室 川町の観光大使を務めているので、歌わせて頂く、と。 ♪私ャ真室川の梅の 花 コーリャ 貴方マタこの町の鶯よ ハ コリャコリャ 花の咲くのを待ち兼ね て コーリャ 蕾の内から通って来る ハ ドントコイ ドントコイ 真室川町で は、午後5時になると「真室川音頭」が流れ、ランドセルを背負った小学校5 年生の女の子が、♪私ャ真室川の梅の花 コーリャ 貴方マタと歌っている。 観 光大使に、毎年、新しいお米が届く。

 吉朝の弟子、米朝の孫弟子、吉朝が亡くなって15年、米朝が亡くなって5 年、寂しい弟子。 ええ人は、早く亡くなる、ざこば、南光はまだ。 噺家は 長唄、鼓、踊り、浄瑠璃などを稽古するのだが、お茶の稽古をしている。 裏 千家、名は言わないが高槻の林先生(失礼)、足の運びを教わる。 右から入り ますよ(と、優しかったのが)。 二年になると、右! 左! そりゃ右でないか いな。 両方揃えて、ジャンプ。 最近、ドラムを稽古している。 課題曲が SHISHAMOの「明日も」、間奏で休んでいたら、久しぶりに足が震えた。

 明治の初め、浄瑠璃が流行った。 おーい、何してんねん。 立ってんねん。  ただ立ってんのか。 銭がないから、飲めんのや。 銭がなくても飲める。 酒 樽が転がりこんでる。 右側の背の低い人、知っているか。 胴乱の幸助、横 町の割木屋のおやッさんだ。 道楽がない、何も知らん、花街行ったことがな い。 何の楽しみもないけれど、喧嘩の仲裁が楽しみなんだ。 この喧嘩、わ しに任せるかと言って、任せると小料理屋で一杯飲ませるのが楽しみや。 俺 とお前が喧嘩をする、それで一杯よばれよう。 こないだなんか、犬の喧嘩ま で仲裁した。 犬も一杯飲むんか。 煮売り屋で、生節(なまぶし)買って来 て、食わすんだ。 犬はムシャムシャ食って、また喧嘩、煮売り屋と犬の喧嘩 の間を十六ぺんも往復した。 お前、わしの肩に行き当たれ、わしがどつく。  こっちに(頭の左側)でんぼ、出来物できとるさかい、どつかないでくれ。 そ れから、蹴り上げて、アバラをドーーンと。 そら急所や、やめさせてもらう。  じんわり、じんわりやるから大丈夫だ。

 行き当たって喧嘩が始まる。 (でんぼをどつかれて)こっちはあかん、つ ぶれた。 痛い、痛い、指が目に入る。 喧嘩が本気になってきた。 昼日中 から往来で、喧嘩している。 ちょっと、待て。 お前ら、わいを誰や、知っ とるか。 割木屋のおやッさんで。 その喧嘩、わしに任すか。 一も二もな く、任せます。 任せることになってまんねん。 連れて行きたいところがあ る。 うまくいったな。

 いつもの二階、いつもの段取で、頼む。 階段を譲り合うな。 二人の言い 分を聞かんとならん。 どういう所から、もめごとになったか、聞かせろ。 泣 くな、お前。 初め、あたいが立っていたんで。 すると、こいつがタダで飲 める、酒樽が転がっていると。 飲めるとか、飲めんとか、どっちが銭出すと かで、喧嘩になったんか? なさけないな。 盃を取れ、飲んだら、こっちへ 回せ。 そいで、わいにも注いでくれ。 手打ちだ、これでさっぱり水に流し て、仲良くせえよ、わいはまた、ほかに大きな喧嘩があるといかんさかい、こ れで失礼。

 おやッさん、そらあかん、銚子一本だけで。 銚子でも、小鉢でも、下に言 ったらええ。 天婦羅も、土産もよろしいか。 もう、喧嘩はすんなよ。 お やッさんが通らなんだら、喧嘩することはない。 アホやな。 二階、鰻巻き (うまき)でも持たせてやってくれ。 もめたら、またわいを呼んでくれ。 あ れ位の喧嘩では頼りない。

桂吉弥の「胴乱の幸助」後半2020/03/04 06:35

 向こう意気の親父とか言われて、喧嘩を探して歩いている。 割木屋のおやッさん、 向こうの辻に若いもんが仰山集まってるで。 胴乱の幸助が辻を回ると、浄瑠璃の稽 古屋があって、黒山のような人が格子を覗いている。 さあカボクさん、(吉弥がここ で羽織を脱ぐと、クリーム色の着物)今日からあんたのお望みのもの桂川連理柵(れ んりのしがらみ)を。 ♪上りゆくーゥーゥーー、柳の馬場(ばんば)押小路、シャ ン ♪軒を並べし呉服店、現金商い掛硯、テン はい、始めの所から、やって。 柳の 馬場押小路。 あんた、本読んでるんでいけません、節を付けて。 ♪柳の馬場押小 路、お師匠はん、これ嫌いで、おとせの婆(ばば)の嫁いびりが好き。 ♪親じゃ、 親じゃ、親じゃわいな、あんまりじゃわいな。 好きこそ、物の上手なれ、で。

 (覗いてる人が)お半長、ムカムカしますね。 おとせの婆の、嫁いびりの声が、 幸助の耳に入った。 派手にやってるわな。 浄瑠璃だっせ。 お半長なんで。 お 半長って、何じゃい。

 主(あるじ)さんを出して。 お師匠さん、なんやお人がみえてまっせ。 何か、 ご用で。 みっともないと思いませんか、今、親じゃわいな、と大声を出していた人 は? カボクさんで。 その人を、出してくれ。 この人が自分で返事をします。 お やッさん、これあんた、帯屋、京都の話ですよ。 またヒマな奴がそろうてけつかる のやな、なにかい、京都のもめごとをここで騒いでいるのかい。 あんた、お半長右 衛門、知らんのか。 知らん。 困ったなあ、京都に柳の馬場押小路という所がおま んね。 そこの虎石町の西側に帯屋長右衛門という家がある。 舅(しゅうと)の半 斎の後添え、おとせの婆に儀兵衛という連れ子があって、長右衛門を放り出して、儀 兵衛をあとにすえたい。 長右衛門とその嫁はん・お絹をいびる。 近所の信濃屋の 娘・お半(十四)と長右衛門(四十以上分別盛りの)が、お伊勢参りの下向道でやや こしいことになり手紙が出て、ゴチャゴチャする。 よう、教えてくれた、よし、俺 も聞いた以上はほっとけん性分や、これからちょっと京都まで、このもめ事を納めに 行く。 行ってもらいましょうか。 硯を貸して、関係者を聞いておかなきゃあ。 帯 屋長右衛門、舅の半斎、後添えおとせ、連れ子儀兵衛、お絹、お半、と。

 明治初年、汽車もあったが煙の臭いがいやで、三十石の夜船で京都へ。 寺田屋の 浜に上がって、柳の馬場押小路、虎石町の西側に帯屋長右衛門という店を尋ねる。 帯 屋長右衛門、何か聞いたことがある。 あんた、朝から真面目な顔をして、お半長、 小さな子供でも知っている。 柳の馬場押小路に、たまたま帯屋が一軒あった。 お 上がり下さい。 帯を買いに来たのでなく、ちょっと、お話があって。 お座布をあ てて。 火を貸して下さい。 ご用事は? あんた、番頭さんでしょ、主の長右衛門 を。 主は公平(くへい)と申します。 隠しなさんな、近頃ゴチャゴチャもめ事が あるだろう、それで噂は大阪まで聞こえている。 お内儀のお絹さんを出してもらい まひょ。 手前どもの、お内儀はお花と申します。 いちいちそんなことを言うてた ら、しまいには怒りまっせ、それやったら信濃屋さんの方へ話を持っていったら、ち ょっと困るんやないか。 ちょっと待って、アッハッハ、朝から真面目な顔をして、 それお半長と違いますか。 そやお半長やがな。 ウァッハッハ、そんな阿呆な、よ うそんなことを言いに来なはんな、この忙しいのに。 あんた、お半長なら、とうに 桂川で心中しましたがな。 えっ、死んでしもたか、アーア汽車で来ればよかった。

桂やまとの「ひなつば」2020/03/05 07:19

 桂やまと、ひょいひょいと出て、一杯のご来場で、嬉しいもんですね、と。 知 り合いの薬剤師が「新コロ」とつめて言う。 古今亭新コロなんて、いそう。 こ ういう時に寄席にいらっしゃるのが、真の落語ファン。 上野鈴本2月下席のト リだったが、見事に影響があった。 どこに座っても、濃厚接触無し。 まっす ぐに育ってほしいと、親は教育に力を入れるけれど、子供は親の分身、まあ親馬 鹿なんでしょう。

 おっかあ、いま帰ったよ。 機嫌が悪いね、喧嘩でもしたのかい。 人間やめ たくなった、いやんなっちゃった。 お屋敷で、松の木の枝を下ろしていたんだ。  若様がお通りになるから、手を止めろ、と。 ちっちゃい子供が、紋付羽織袴で トコトコ動く。 お供の侍が5、6人ついてる。 泉水べりで、穴あき銭を拾って、 つーーっと駆け出した。 田中三太夫様の鼻先に突き出して、聞いてんだよ。 爺 ィ、これは一体なんじゃ、と。 お足を知らねえんだよ、驚いたね。 三太夫様 は教えないで、若様は何と思召しますか、お当て下さいと言う。 爺ィ、まある くて、四角い穴が明いていて、裏に波の絵がある、これはお雛様の刀の鍔であろ う。 可愛らしい見立てじゃねえか。 落ちている物は不浄の物、お捨てあそば せ。

 あとで、若様おいくつになられますかと、三太夫様に聞いた。 お八歳にあら せられる。 来年はオクサイかね。 ウチのガキ、金坊と同じ齢だ。 金坊はい つも、銭くれーー、銭くれーー、という。 駄目だといったら、漬物の桶に小便 しやがった。  

お前さんの後ろに、金坊がいるよ。 洟を一本半垂らしやがって、かめ、かめ!  袂(たもと)で拭くな、いくつなんだ。 お八歳。 話を聞いてたな。  お屋 敷の若様なんて、ちゃんちゃら可笑しいや。 表に行って、遊んで来い。 じゃ あ、行きやすいようにしておくれ、銭おくれよ。 (おかみさんが)ハイハイハ イ。 駄目だ、やるな、銭はやっちゃあ、いけない。 お前さん、一本気なのは いいけれど、お屋敷の若様と、長屋の植木屋の息子とは違う。 あいつは客が来 ると、俺の所に近づいて来る、シクシク泣いて、涙を我慢するふりをするから、 客が金をくれるんだ。

 熊さん、私だ。 お店の旦那だ。 座布団を出せ、穴があるから、くるっとひ っくり返せ、あ、穴が大きくなった。 ご用は。 私の方から来なきゃあ、収ま らないと思ってね。 この間、酒を飲んだ時に来て、こんな家はこちらから出入 り止めだ、と怒鳴ったそうだな。 番頭呼んで、問い質して、合点がいった。 庭 を、他の職人がやっていた。 私が悪い、番頭が気を回してね。 松の植え替え は彼岸までと聞いていたんで、この年になると早く片付けたくなってな、それを 番頭が察して、しるべの植木屋に頼んだんだ。 機嫌を直して、家に来てくれな いか、この通りだ、すまねえ。 お手を上げて下さい、ありがとうござんす、建 前で酔っ払って通ったら、知らねえ職人が仕事をしていたんで、つい。 しくじ ったな、と思って、親父の顏が目の前にチラチラ、今日謝りに行こうか、明日行 こうかと、こっちから怒鳴ったんで、敷居が高い、近所に火事でもあればと、三 軒先に火を点けようかなんて思って。 また、来ておくれよ。

 粗茶ですが、一杯。 つまむもの出せ。 買って来る。 羊羹があるだろう、 去年の正月のだ。 菜っ切包丁はいけねえ、ネギの臭いがつくだろう、折の蓋で 切れ、厚くな、了見見られる、鯨尺持って来るんじゃない。 折の蓋をなめるな、 なめるなら縦じゃなく、横になめろ、目を白黒させてやがら。 半紙を折るんだ、 半分に。

金坊が帰ェってきたよ。 こんなもの、拾った。 これなんだろうね、あたい が思うには、丸くて、四角い穴が明いていて、裏に波の絵があるから、お雛様の 刀の鍔かなあ。 ちょっと待て、この子はお前さんちの子だろ、お足を教えてな いんだね。 へえ、そうなんですよ、教えてねえんで。 そうかい、この子はい くつだ。 お八歳で。 家の孫と同じだ、いつもお爺ちゃん、お鳥目をくれと言 う。 旦那、こいつは危険です。 丸くて、四角い穴が明いていて、裏に波の絵 があるから、お雛様の刀の鍔かい、恐れ入ったね。 これで何か買えばいい、い や、手習いの道具にしよう、墨、硯、机を届けさせる。 金坊、お礼を言え。 手 に持っているのは、不浄の物だ、捨てちゃえ。 いやだよう、これで焼芋を買っ て、食べるんだよ。