柳家喬太郎「夢の酒」の本篇・前半2020/03/07 07:07

この人、昼寝しながら、ニコニコ笑っている、どんな夢を見ているのかしら。  また、笑ってる。 あなた、起きてちょうだい、起きてってば。 私は、もう 充分でございます。 今、起こしたのは、お前か? 夢を見たんでしょ。 惜 しいことをしたな。 教えて、どんな夢? ニコニコ笑ってたから、楽しい夢だ ったんでしょ。 昼寝の夢だよ。 私、退屈してるんですから、聞かせて。

商いの用事が終って、向島を歩いていたんだ。 雨がぽつぽつ降ってきて、 その内にザーーッと本降りになった。 一軒だけ、軒のある家があったんで、 雨宿りをした。 二号さんの家か、その乙な家の格子が開いて、婆やさんが、 何ですね、大黒屋の若旦那じゃあございませんか、お風邪を召します、お上が りを、と言うんだ。 私のことを知っているんだ。 ここで雨宿りをさせてい ただくだけで、と言うと、ウチの御新造に叱られる、と。 ちょいと御新造、 あなたが常からお噂をしていらっしゃる大黒屋の若旦那がみえましたよ。

 中から、お清、本当にみえたのかいと、泳ぐように出てきたのが、今まで、 あんないい女てえのは見たことがない、言葉じゃ言えない、日本語にはないよ うな、いい女だった。 意外と近くにいるんじゃないでしょうか。 私の手を 取った、その手のやわらかいこと、あったかいこと、あんな手があるんだ。

 上がったら、酒肴の支度がしてある。 あなた、下戸なのに。 下戸だって 言ったんだ、親父は飲むけれどって。 本当は召し上がるんでしょ、私みたい なお多福のお酌では飲めないんでょ、って言う。 お銚子を持って、下から見 る目が、色っぽいんだよ、それでいい匂いがする。 飲んでみたら、飲めてね。  駆けつけ三杯ですよ。 私のことを見て、ずるいって言うんだよ。 あいすみ ません、気が付かないでと、差しつ差されつ、五、六本も空けたかな。 五、 六合。 いや、二合徳利で。 頭(つむり)が痛くなった。 お清、床をのべ ておくれ。 蒲団を敷いてくれたんで、蒲団に入った。

 小半時して、だいぶん良くなりました。 今度は、私が頭が痛くなって来た んですよ、と御新造。 あなたが蒲団を出ることはなくってよ、と、帯を解き ました。 ほんのりと桜色の長襦袢になって、肩越しに見るんだよ。 お銚子 の時は、下から見た。 ハイ、ハイ。 御新造が、蒲団の裾にすーーーっと入 って来て……、そこでお前が起こしたんだよ。 惜しいことをしました。