「高齢ナンパ」と『老人流』2020/03/28 06:48

 テレビで時々、アナウンサーなどが「お年寄」や「ご老人」と言わず、うっ かり「六十何歳のお婆さん」や「七十何歳のお爺さん」とやると、家内が画面 に向って怒っている。

 『暮しの手帖』5号(spring 2020/4-5月号)で面白かったのは、姫野カオ ルコさんのエッセイ「高齢ナンパ」だ。 「江戸川乱歩が大正14年に発表し た小説では、下宿の大家さんが「もう六十に近い老婆」と説明されている。松 田聖子や黒木瞳くらいなのに。」と始まる。 「手塚治虫が昭和47年に発表し た漫画では、食事シーンでいろりを囲む主人公(幼女)の祖母の腰が、床と平 行なくらいに曲がって描かれている。集落の長老婆かと思いきや、祖母「五十 一歳」と書かれている。叶姉妹より年下(のはず)なのに。」と続く。 姫野さ んの母方の伯母さんは、大正9年に生まれ、平成17年に半年ほど病んで85歳 で亡くなられたそうだが、それまではお元気で一人暮らしをしていた。 マリ・ クリスティーヌそっくりの、目鼻立ちのはっきりしたお顔で、社交的で陽気、 機転がきいた。 平成17年(つまり亡くなる年の)の正月、年賀の帰りにタ クシーに乗り、自宅の前で料金を払おうとすると、60代半ばらしきドライバー が、「お代はええさかい、どうやろ、これを機会にわしと交際してくれへんか、 同い年くらいやと思うねん。まずは茶飲み友だちからスタートせえへんか」と、 首をかきながら告白した。 伯母さんは、自分の年齢を打明けて断わったもの の、その出来事を姫野さんに話すときは、うれしそうだった、という。

 『三田評論』3月号に、村松友視(示偏に見)さんが自著『老人流』(河出書 房新社)の「執筆ノート」を書いている。 その本の特徴は、自らは“老人” の価値や境地には爪のかからぬ後期高齢者たるご自身からの、本物の老人たる 存在への羨望にみちたスタンスということになるだろう、という。 親戚に病 に臥せっている95歳になるオバアチャンがいて、見舞いに来た叔父たちに吐 いた、ひとセリフ。 モゴモゴと曖昧な言葉を残して帰ろうとする叔父たちを、 病床のオバアチャンが身を起こして呼び止め、「あたしゃ、あんたたちに一度き いてみたいことがあったんだがね……」と言って目をしばたたき、遺産のハナ シかな……と、ちらっとかすめた叔父たちの目をのぞきこみ、言い放った。 「あ んたたちにぜひきいておきたかったんだがね、あたしゃ、オジイサンだっけ。 オバアサンだっけ?」 叔父さんたちは、ついにここまで来たかと仰天し、落 ち込んで、早々にその場を辞したという。 だが村松さんは、オバアチャンは ただ笑わせたかっただけ、見舞い客の暗鬱な空気を一気に変えようとする、気 遣いにみちた“老人流”、95歳のユーモアあふるる必殺ワザだったのではない か、と考えている。

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