轟亭の小人閑居日記 　　　馬場紘二

　権之助、めくりを指して、東京の方は目黒の権之助坂を思い浮かべるだろう が、まったく関係がない。　「権」は師匠の権太楼から、「之助」は小学生の頃 からファンだったジ・アルフィーの坂崎幸之助さんから頂いた。　真打になる 時、許可を取りに行った。　いいよ、俺本名、幸二だもん。　笑いがないと、 やりにくい。　権コウジじゃあ、仲本工事みたい、ドリフぽくなる。

　お酒のお噂で。　楽屋でも、お酒のしくじりは許される。　師匠、遅刻して 申し訳ありません、昨夜、飲み過ぎまして。　セーフ。　遅刻してすみません、 昨夜、ファンタ飲み過ぎまして。　馬鹿、首だ。　酒好きは、目と目で、通じ る。　行こうか、いい店、見つけたんだ。　行こう、行こう。　酒飲みの目、 生き生きとしてくる。　居酒屋で若いカップルが飲んでいる、男が酔っても女 性はしっかりしている、女性は表ではちゃんとしているけれど、家のドアを開 けると酔う。　男は、家が近づくと、だんだん酔いが覚めて、釣銭勘定したり する。

　昔ながらの居酒屋。　醤油樽をひっくり返したのが並べてあって、女中さん はいないで、小僧さんが一人いるだけ。　いらっしゃい、こちらにお掛け下さ い。　何の酒にしますか。　種類があるのか。　澄んだ酒と、濁った酒があり ます、お客様はどっちにしますか。　澄んだ酒をくれ。　上、一升！　一合で いい。　景気づけです。　一番、ロイヤルメロンパンか。　一杯だけ、お酌し てくれないか。　相済みません、混み合っておりますので、手酌でお願いしま す。　ものには愛嬌というものがある、だいたい他に客はいないじゃないか。　 （小僧は、両手を着物のお尻で拭いて、パタパタ叩いて、差し出す）　力を抜 け、両手でやんな。　お前、高倉健だね。　いい男だってんじゃない、不器用 だ。　ケツを上げろ。　何やってんだ、お前のケツじゃない、トックリのだ。　 ケツを上げても、屁しか出ない。　たまには、実も。　初めての酒だ、楽しみ だ。　どんな酒かな、エーーーッ、酸っぱい酒だな、酸っぺえの初めて飲んだ。　 灘じゃ、ありません。　どこだ？　野田。　名めえは、キッコーマンか？　貞 吉です。　酒の名めえだ。　清酒「オスの寒梅」。　梅干食ってるみたいだな。　 お代りを。　逃げんな、お前が相手でもいい、立ってていい。　アッ、慣れ って恐ろしいな、だんだん飲めるようになってきた。　お前、いくつになる？　 十四。　いいね、俺にもいつの頃か忘れたが、十四の頃だ、そんな目で見るな。 お前、女知ってんのか？　　何です？　話づらいな、女郎買ったことがあんの か？　ジョウロ、買いました。　買ったの、すげえな。　家には植木があって、 毎日水やって、大切にしてます。　ご苦労さんです。

歌、歌えないか、景気づけに。　歌えません。　ものには愛嬌というものが ある、好きな歌を歌ってくれ。　釣銭を、小遣いとしてやろう。　ハッハッハ ッハッ、気を付けーーッ、♪キミガアーヨーワァー。　悪酔いしそうだ、お代 り持って来な。

お肴は、何を取りましょう？　俺、塩つまんでも、やれるんだ。　取らない んですか、アーーア。　君が代、歌ってくれたから、頼もう。　小壁に貼って あるもの、何でもできます。　「くちうえ（口上）」ってのは何だ？　「こうじ ょう」です。　「とせうけ」は？　「どぜう汁」です。　「け」じゃあなくて、 「汁」か、今、「汁」であることを知ったよ、そんな目で見るな。　イロハ四十 八文字は、にごりを打つと、音が変わるんです。　お前、博士だな、じゃあイ ロハのイににごりを打つと？　イーーイ、打てません。　ロは？　ローーッ、 打てません。　マは？　マーーッ、打てないのばかり言ってませんか。　イロ ハ四十八文字は、にごりを打つと、音が変わるってんで、聞いてみたくなった んだ。　バナの頭に汗かいてるな。　鼻です。　にごりが打ってある。　ほく ろです。

すぐ出来るものは？　棚の上にあるのは、すぐ出来ます。　ぶら下がってい る赤いのは？　タコなんです。　生きているのか？　いいえ。　死んじゃった のか、早く言え。　手紙一本くれれば、香典持ってってやったのに。　タコは 箒と塵取りを持っているんだ、スミをハク、そんな目で見るな。　

隣に口開けてぶら下がっているのはなんだ？　アンコウです、アンコウ鍋一 人前取りますか？　いいよ。　奥で捩じり鉢巻きして、ソロバン弾いているの は？　あれ、ウチの番頭さんです。　番頭さんを、もらおうか。　無理です。　 番頭鍋、一人前取ろう。　無理です、番頭さん、オカマです。