柳家小満んの「素人鰻」後半2020/06/01 06:54

 (金、どんどん飲んで、だいぶ酔う)藤八じゃあかなわないから、ヤナギで も、負けた方が一杯飲むってことで、いかがです。 拳は、お嫌いですか、じ ゃあ。 (お花さん)いいよ、俺がお酌するから、旦那、温ったかいの、男の 酌で。 (酒を旦那の袴にこぼして)オッ、とんだ粗相で、お袴、汚して。 雑 巾いらないよ、もったいない(と、袴と床にこぼれた酒を吸う)。 そう、旦那 のお供で、吉原へ、旦那も私も若かった。 大店へ、手銭じゃあ、登楼(あが) れない店、旦那の敵娼(あいかた)は乙な女で色は黒いがぽっちゃりした、あ っしの敵娼は長いツラ、馬が丸行灯くわえて、下に鰻ぶら下げたような、上見 て、下見ると、真ん中忘れるくらい。 若い衆と喧嘩してたら、旦那が飛んで 来て、若い衆をぶったら、旦那の頭ぶっちゃった、あんな驚いたことがない。  いい加減にしなさい、水を飲むようにガブガブ飲んで。 これ、よさんか、金。  (また、一杯飲んで…)もう、よしました、じゃあトックリお返しします。 何 でえ、大将、しみったれたことを言うじゃありませんか。 旦那、麻布の旦那、 ダンツク、あっしはガキ、小いせえ時分から、芋のシッポをかじっていたんじ ゃねえ、小遣い貯めちゃあ酒屋で枡酒、一杯やってたんだ。 こんな職人がど こにいる、下流しから、鰻裂き、料理、出前まで、何から何まで一人でやる職 人なんだ、馬鹿! こちらが、何かしくじったか、いい加減にしろ、馬鹿。 手 前えなんかが、旦那かよ(金、卓袱台をひっくり返す)。 出てけ!

 旦那様、未だに金が戻って来ないんですが、今日は休業にしますか。 開業 したばかりだ、職人を口入屋に頼むか。 口入屋でも、今日が今日じゃ、ござ いません。 金の所から、使いが手紙を持って参りました。 吉原へ行って、 馬を引っ張って、帰って来たんだ。 金を出してやんな。 旦那、ごめんなさ い、まったくわかりませんでしたが、お花さんに聞いたら、わっしが旦那に毒 づいたそうで、勘弁なさって下さい。 お客様がいらっしゃった、頼むぞ。 一 日、一生懸命、働いた。

 奥、今朝の金(カネ)、無駄にならなかったね。 今日も、お蔭で繁盛した、 二本、お前のために用意した。 金毘羅さんに、断ちましたので。 酒を断っ たのか、それに越したことはない、もう休むか。

 奥、一本つけてもらおうか、奉公人に気兼ねしていた。 台所の方で、コロ コロコロ、ポカッ。 誰だ? シッ、シッ、シッ! シッ、シッなんて、猫じ ゃねえ。 金か、困った奴だ。 寝ようと思ったら、寝られない。 片口で一 杯やってたら、片口が転がって、探して下さい。 出てけ! 翌日も同じこと になって、仏の顏も三度。

 今日は休業にしますか。 金がおらねば、私がやる。 ミミズを見ても気持 悪い人が、鰻をいじれますか。 神棚に御灯明を上げて。 お客様がいらっし ゃいました。 開業に寄せてもらったら、神田川の金さんがいるってんで、美 味しかった、二階に鰻っ食いを連れて来た、あらいところを二人前頼むよ。 鰻 を見たい。 生け簀に。 なるほど色もいい、ふっくら、口ぼそ、江戸前だ。  それをおやり下さい。 柄を見たい。 印を付けるから、嬢の白粉を。 ご冗 談ばかり。

 花、突き出しと酒を二階に。 下りて来ないように、階段で食い止めろ。 嬢 は、はばかりを、奥は外から客が入って来ないように見張れ。 武術の心得が ある、鰻の久離を切る。 ウーーウ、これはいかん(鰻がつかめない)。 笊(ざ る)、笊を! 何しておる、追いなさい。 大きなのが、三匹入る笊、笊だ。 ぬ るみがある、糠(ぬか)だ、糠だ。 身共の頭に、ふるな。 奥、薪で頭を叩 け。 だから、しるこ屋がいいって、言ったんです。 今、しるこ屋の話をし て、どうなる。 痛ッ、身共の頭を叩くな。 討ち止めた。 額の汗を拭け。  首が取れた。 アッ、(指を切って、口にくわえる)血止めだ。 そっちの鰻を 捕まえろ。 (鰻をつかんで)履物を出せ。 どこに参るかだと…、わからな い、前に回って、鰻に聞いてくれ。

柳亭市馬の「猫忠」上2020/06/02 07:05

 師匠の先代(五代目)小さんは、相対の稽古はほとんどというより、まった くと言っていいほど、してくれなかった。 四代目もその流儀だったと聞く。  入門して二タ月ばかり経って、稽古するぞって言われ、お袋が縫ってくれた浴 衣を何とか着て、座っていると、師匠が剣道の胴着に防具をつけてきて、早く 支度しろ。 稽古といえば剣道で、とうとう差向いの稽古は実現しなかった。 剣道は多少心得があったので、十本の内、二三本は、師匠を打ち込めた。 師 匠を打っても、叱られず、今のは良かった、いい面だった、と最低三日は褒め られる。 兄弟子が見ていて、お前はいいな、師匠を引っ叩いても褒められる、 俺の分も頼むと言った、誰とは申しませんが…。

 踊り、三味線の稽古もしたが、寄席では笛の稽古をして、この会にもつめて いた。 笛は、太神楽の海老一染之助師匠、芸をやる弟の方に教わった、兄の 染太郎師匠が「おめでとうございます」と大きな声を出す。 篠笛(祭囃子の トッピッピというの)と、能管(能楽に使うピーッと高い音の出る)がある。  篠笛の音は出るが、能管は音が出るのに三月はかかる。 三月目にようやく音 が出た。 芸人同士の稽古だから、どこかぞろっぺえな所があった。 寄席は そんな駆け出しで、音が出ても出なくても、頂くものは同じだった。

 天下泰平の頃、職人同士で、一日中仕事ばかりしているのは、仲間内で評判 がよくない。 半日働いて、半日は何か稽古を、男の師匠は駄目、色っぽいい い女の師匠がいいと。 こういうのを経師屋連、師匠を張り合う。 狼連、転 んだら食ってやろうという。 あわよか連、あわよくば、ものにしようという。  蚊弟子と呼ばれた連中で、暑くなると涼みがてらに稽古に行き、涼しくなって くると仕事に出る。 師匠がいい女なら通うが、師匠に男が出来たりすると、 ごっそりいなくなる。

 そこ行くのは次郎さん、今日は稽古日だろ。 あんなもの、やめた。 師匠 が町内に来た頃を、憶えているか、初めて稽古屋をやるからって頼まれたから、 声かけて行くようにしたんだ、今、流行っているのは、俺達のおかげだ。 そ れが何の断りもなく、脂(やに)下がって、昼間から男を引っ張り込んでいる。  そんな所に、行きたくもない。 男? 弁慶橋の常兄ィだ。 常兄ィ、何かの 間違いだろう、常兄ィの所の姐(あね)さんは町内評判の焼餅焼きだ、あの姐 さんがついていて、そんなことをさせるわけがない。 まだ、酒、お膳で、や ってるはずだ、師匠が横でしなだれかかっているんだ。 ちょいと、見に行こ う。

 塀に節穴が二つある。 左がよく見える。 あれは兄ィだ、嘘じゃないんだ な。 冷たい刺身は、体に毒でしょう、なんて言ってる。 口に入れて、温っ たかいやつを、箸を使わずに、兄ィの口に。 兄ィが、美味い、美味いって。  踏ん込んでって、何してやんでえって、言ってやるか。 出来ねえ、兄ィは喧 嘩が強い、二人共のされちゃうよ。 兄ィん家へ行こう、姐さんにたきつけよ う。 姐さんが踏ん込んでって、チャンチャンバラバラとなる。 他人の家が、 もめんのが好きだ、瀬戸物なんか投げて、割れる。 何で、瀬戸物だ? ウチ の兄貴が瀬戸物屋だから、儲かる。

 こんちは、姐さん。 次郎さんに六さん、二人揃って何だい、ちょいちょい 顔をお出しよ。 仕事ですか? 縫物、区切りつけたら、お茶を出すから。 見 たような着物ですね。 お浚いに着る着物だよ、仕立屋が婚礼で手が回らない っていうから、私が縫ってる。 貞女だ、姐さんが家をしっかり守っているか ら、兄ィが若い者頭だの、世話役だのって言われてるんだ、姐さんは陰に隠れ ていて、女の鑑だね。 兄ィも、よしゃあいいじゃないか、姐さんが可哀そう じゃないか。 どうして、お前はおしゃべりなんだ、観音様みてえな姐さんだ って、聞こえちゃあ嫌なこともある、よせ、もっと、よせ。 そんなこと、聞 こえたって、私は焼餅焼かないよ。 飲み屋じゃなくて、女の家です。 私の 知ってる人かい、言っとくれ。 その揃いの着物が出来てる。 じゃあ、お師 匠さんかい。 隣り合って座って、寄っかかる、肩を抱き寄せる。 冷たい刺 身は、体に毒なんて言って、口に入れた温ったかいやつを、兄ィは箸を使わず にやっているんです。 本当かい、よく教えてくれた。 いつ、そんなことを やっていたんだい。 今、盛んにやっている。 行きましょう、さあ、いらっ しゃい、お一人さん、ご案内。 今の今かい、二人ともご苦労様。 また針仕 事が始まっちゃったよ、姐さん、物分かりが良すぎるでしょう。 二人共、ウ チのお友達だろう、もめさせるようなことを言って、何が面白いんだい。

柳亭市馬の「猫忠」中2020/06/03 08:08

 ウチの人は、昨ン夜から具合が悪くて、奥で寝てますよ。 そうですか、本 当に兄ィがいるんですか、会いたいね。 往生際が悪いね。 起きてるよ。 何 だか調子が悪い、手前えの体で手前えの体でねえような。 二人共、座れ、若 い夫婦ならまだしも、緑青がわくほどの夫婦をもめさせて、何が面白い。 確 かに、師匠の所に兄ィがいたんだ。 夢でも見たんか、昼間から。 床下が続 いていて、江戸城の抜け道みたいに、兄ィが行ったり来たりしているんじゃな いか。 そこまで言うんなら、嘘じゃないな、言われて見ると、どうも様子が おかしい。 俺が湯や床屋へ行くと、みんないなくなる。 往来で、近頃、お 歌もお覚えがよくて結構で、そりゃあそうでしょう、教える人が他人じゃない んだから、エヘヘ、なんて言われる。

 思い当たる、行こう。 見るんだよ。 そこにいる俺を見よう。 ちょいと、 出かけるよ。 出かけたら、心張り棒をかって開けるな、俺が帰ったら、戸を 三つ叩く、それからお前の名前を呼ぶから。 何だよ、薄気味が悪いことにな ったね。

 どっちの節穴だ? 左側。 見てみろ。 あれ、兄ィ、もう入ってるよ。 身 が軽いね。 あれ、外にいるよ。 また、入ったよ。 また、出た。 両方に いるね、兄ィがいるよ。 他人の空似って、ことがある。 俺が見りゃあ、わ かる。 おい、次郎、六、師匠と酒飲んでいるのは俺で、俺は誰なんだ。 狐 狸妖怪だ! 氷・羊羹? 

二人で中に入って、お酒はいかがって言われたら、一杯飲んで、ご返盃とな ったら、腕をつかんで引き倒し、馬乗りになって、耳を触るんだ。 けだもの なら、耳が動く。 そうしたら、身上思い切りの声で怒鳴れ! 何て? ピョ コピョコだあーーっ、大きな声で叫ぶ。 俺が、ここを蹴破って入って、化け 物と闘う。 勘弁して下さいよ、見かけは弱そうだが、実は弱いんだ。 化生 のものだよ。

柳亭市馬の「猫忠」下2020/06/04 07:06

 おっ師匠さん、ごめん下さい。 あら、次郎さん、六さん、よく来てくれた ね。 常さん、常さん、次郎さんと六さんが来てくれましたよ。 こっちへ入 れ。 兄ィ、いいご機嫌で。 こっちへ来い。 ここでいい、壁のそばで。 ヤ モリみたいなこと、言うな。 一杯飲ませてやれ。 兄ィ、頂きますよ。 よ く見ろよ、コオリヨウカンの酒だぞ、馬の小便かもしれない。 香りはいい。  師匠、近所に馬、飼ってる所ありませんか。 ないね。 こうなったら……、 本物の酒だ。 頂きますよ。 アーーア、うめえな。 兄ィ、ご返盃といきま しょうか。 次郎が腕をつかんで引き倒し、六が馬乗りになって、耳を触り、 ピョコピョコだあーーっ、と怒鳴った。

 次郎、表を閉めろ! 六、押さえとけ! やい、そこにいる俺、何の為にこ こに来た? 師匠の名前も出る、俺の沽券に関わることだ。 何でここに来た?  いい加減に言わないか。

 (下座の三味線が入って、芝居掛かり。市馬は、猫の手をして…。)はい、申 ぉします、申ぉーします。 常吉様も、ひと通り、お聞き下され。 頃はぁー、 人皇(にんのう)百六代、正親町(おおぎまち)天皇の御代、山城大和二か国 に、田鼠(でんそ)といって田畑を荒らす鼠はびこり、民百姓の悲しみに、時 の博士に占わせしに、素性正しき雌猫の生皮を胴に張りたる三味線を、天に向 かって弾く時は、田鼠直ちに去ると、出ました。 三味線を天に向かって弾け ば、田鼠たちまち去り、民百姓は喜びました。 その三味線を「初音の三味」 と名付けたも、たも、たも、たも。 国のためとは言いながら、親猫を殺され ました、その時は、百匁に足りぬまだ仔猫、親恋しくて、泣くばかり。 親の 行方も知れず、泣き明かし、ようよう尋ね当てました、私の親は、あれ、あれ、 あれ、あれにかかりし、三味線でございます。 私は、あの三味線の子でござ います。

 猫が化けていたんだよ。 大きな猫だよ。 今度の師匠の所のお浚いは、上 手くいくねえ、義経千本桜の掛け合いは、役者が揃っているよ。 兄ィは、弁 慶橋、吉野屋の常吉で義経。 狐忠信じゃなくて、猫だよ。 猫が、ここで酒 をただで飲んだんだから、猫のタダノム。 あっしが、駿河屋の次郎吉で、肝 心の亀井の六兵衛が亀屋の六郎だ。 静御前は? 師匠は常磐津文字静だ、さ しずめ師匠が静御前。 なに言ってんでしょうね、私のようなお多福に、静が 似合いますか。 猫が頭を上げて(市馬は、右こぶしを上、左こぶしを下に、 手をかざし)、ニアウーーッ!

家康築城時の江戸城、最古級絵図の新発見2020/06/05 06:58

 90歳になられたと承知する俵元昭さんから、長文のお手紙を頂戴した。 近 くは「等々力短信」第1103号(2018.1.25.)「俵元昭さんと「石州神楽」研究 賞創設」に登場して頂いたが、第1002号(2009.8.25.)ではご著書『江戸の地 図屋さん 販売競争の舞台裏』(吉川弘文館・2003年)を紹介した。

お手紙には二つのトピックスがあって、その一つは『江戸の地図屋さん』で 1020点の全江戸地図を解明した中で、唯一点その存在が不可思議な慶長江戸図 (別本、十三年図とも)を残していたけれど、今年1月に至って、その正体が 明らかになったというのだった。 先年、旧松江城保存の「江戸ハジメ図」な るものが発見された。 この図が民間に流布せず、旧藩庫でだけ発見されたの は、幕府が内部作成で藩に「お手伝い」を発令した附属文書ではないか、と気 づいた。 というのは、旧幕府の普請方甲良家の文書に類図があり、先年、重 要文化財に指定されていたからだ。 江戸図研究中、30年来の不審は、江戸幕 府普請方からの唯一点の流失図であることが確定した、というのだ。

 お手紙を読んだ私は、ネットを検索してみた。 「江戸ハジメ図」では、松 江歴史館が平成29年2月17日から3月15日まで「江戸始図」を初公開した 折の、「謎に包まれた家康築城時の江戸城を描いた最古級絵図の新発見」という 配布資料が出て来た。 近世江戸城を詳細に描いた最古の絵図は、慶長12-14 (1607-09)年ごろの江戸城を描いたとされる東京都立中央図書館所蔵の「慶 長江戸絵図」だが、今回、新発見した「江戸始図」も、同じく慶長12-14(1607 -09)年ごろの江戸城を描いた最古級の絵図であることが明らかになったとい う。 そして、最近テレビでおなじみの、城郭考古学者の千田(せんだ)嘉博 奈良大学教授の調査報告が付いている。

 近世江戸城は改修が繰り返されるなど、徳川家康が慶長8-19(1603-14) 年にかけて築いた創築期の江戸城の詳細は謎に包まれている。 それが、この 「江戸始図」によって、江戸城中心部の詳細(縄張り・城の平面設計)を初め て的確に把握できるなど、画期的な資料であることが分かった。 「江戸始図」 は、記載の大名・旗本の名前や官職から、慶長12-14(1607-09)年ごろの 江戸城を描いたと比定される(徳川美術館・原史彦氏の分析による)。 上記の 東京都立中央図書館所蔵の「慶長江戸絵図」と同じく近世江戸城を詳細に描く 最古級の絵図である。

 「江戸始図」発見の意義は、「江戸始図」が「慶長江戸絵図」よりも描写が正 確で、石垣や堀、城の出入口などの城郭構造を細部まで明快に描いているので、 徳川家康が築いた江戸城中心部の詳細を、はじめて的確に把握できるようにな ったことだという。 「江戸始図」で明らかになったことは、(1)家康の江戸 城は本丸に詰丸(天守曲輪)を備えて姫路城のようになっていた、(2)江戸城 本丸の南側に、強力な軍事機能を発揮した連続外枡形があった。 まとめ、「江 戸始図」によって、家康の慶長期江戸城は戦いを意識した強力な要塞機能を最 大限に備えた当時最強の城であったことが明らかになった、と千田嘉博教授は 結論している。