柳亭市馬の「猫忠」中2020/06/03 08:08

 ウチの人は、昨ン夜から具合が悪くて、奥で寝てますよ。 そうですか、本 当に兄ィがいるんですか、会いたいね。 往生際が悪いね。 起きてるよ。 何 だか調子が悪い、手前えの体で手前えの体でねえような。 二人共、座れ、若 い夫婦ならまだしも、緑青がわくほどの夫婦をもめさせて、何が面白い。 確 かに、師匠の所に兄ィがいたんだ。 夢でも見たんか、昼間から。 床下が続 いていて、江戸城の抜け道みたいに、兄ィが行ったり来たりしているんじゃな いか。 そこまで言うんなら、嘘じゃないな、言われて見ると、どうも様子が おかしい。 俺が湯や床屋へ行くと、みんないなくなる。 往来で、近頃、お 歌もお覚えがよくて結構で、そりゃあそうでしょう、教える人が他人じゃない んだから、エヘヘ、なんて言われる。

 思い当たる、行こう。 見るんだよ。 そこにいる俺を見よう。 ちょいと、 出かけるよ。 出かけたら、心張り棒をかって開けるな、俺が帰ったら、戸を 三つ叩く、それからお前の名前を呼ぶから。 何だよ、薄気味が悪いことにな ったね。

 どっちの節穴だ? 左側。 見てみろ。 あれ、兄ィ、もう入ってるよ。 身 が軽いね。 あれ、外にいるよ。 また、入ったよ。 また、出た。 両方に いるね、兄ィがいるよ。 他人の空似って、ことがある。 俺が見りゃあ、わ かる。 おい、次郎、六、師匠と酒飲んでいるのは俺で、俺は誰なんだ。 狐 狸妖怪だ! 氷・羊羹? 

二人で中に入って、お酒はいかがって言われたら、一杯飲んで、ご返盃とな ったら、腕をつかんで引き倒し、馬乗りになって、耳を触るんだ。 けだもの なら、耳が動く。 そうしたら、身上思い切りの声で怒鳴れ! 何て? ピョ コピョコだあーーっ、大きな声で叫ぶ。 俺が、ここを蹴破って入って、化け 物と闘う。 勘弁して下さいよ、見かけは弱そうだが、実は弱いんだ。 化生 のものだよ。