柳亭市馬の「猫忠」下2020/06/04 07:06

 おっ師匠さん、ごめん下さい。 あら、次郎さん、六さん、よく来てくれた ね。 常さん、常さん、次郎さんと六さんが来てくれましたよ。 こっちへ入 れ。 兄ィ、いいご機嫌で。 こっちへ来い。 ここでいい、壁のそばで。 ヤ モリみたいなこと、言うな。 一杯飲ませてやれ。 兄ィ、頂きますよ。 よ く見ろよ、コオリヨウカンの酒だぞ、馬の小便かもしれない。 香りはいい。  師匠、近所に馬、飼ってる所ありませんか。 ないね。 こうなったら……、 本物の酒だ。 頂きますよ。 アーーア、うめえな。 兄ィ、ご返盃といきま しょうか。 次郎が腕をつかんで引き倒し、六が馬乗りになって、耳を触り、 ピョコピョコだあーーっ、と怒鳴った。

 次郎、表を閉めろ! 六、押さえとけ! やい、そこにいる俺、何の為にこ こに来た? 師匠の名前も出る、俺の沽券に関わることだ。 何でここに来た?  いい加減に言わないか。

 (下座の三味線が入って、芝居掛かり。市馬は、猫の手をして…。)はい、申 ぉします、申ぉーします。 常吉様も、ひと通り、お聞き下され。 頃はぁー、 人皇(にんのう)百六代、正親町(おおぎまち)天皇の御代、山城大和二か国 に、田鼠(でんそ)といって田畑を荒らす鼠はびこり、民百姓の悲しみに、時 の博士に占わせしに、素性正しき雌猫の生皮を胴に張りたる三味線を、天に向 かって弾く時は、田鼠直ちに去ると、出ました。 三味線を天に向かって弾け ば、田鼠たちまち去り、民百姓は喜びました。 その三味線を「初音の三味」 と名付けたも、たも、たも、たも。 国のためとは言いながら、親猫を殺され ました、その時は、百匁に足りぬまだ仔猫、親恋しくて、泣くばかり。 親の 行方も知れず、泣き明かし、ようよう尋ね当てました、私の親は、あれ、あれ、 あれ、あれにかかりし、三味線でございます。 私は、あの三味線の子でござ います。

 猫が化けていたんだよ。 大きな猫だよ。 今度の師匠の所のお浚いは、上 手くいくねえ、義経千本桜の掛け合いは、役者が揃っているよ。 兄ィは、弁 慶橋、吉野屋の常吉で義経。 狐忠信じゃなくて、猫だよ。 猫が、ここで酒 をただで飲んだんだから、猫のタダノム。 あっしが、駿河屋の次郎吉で、肝 心の亀井の六兵衛が亀屋の六郎だ。 静御前は? 師匠は常磐津文字静だ、さ しずめ師匠が静御前。 なに言ってんでしょうね、私のようなお多福に、静が 似合いますか。 猫が頭を上げて(市馬は、右こぶしを上、左こぶしを下に、 手をかざし)、ニアウーーッ!

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