鶴田真由、母方のルーツは新選組の森陳明2020/07/02 07:00

 6月29日に、女優・鶴田真由の「ファミリーヒストリー」を見ていたら、滋賀大学経済学部名誉教授の筒井正夫さんという方が登場、鶴田真由(以下敬称略)の母方の高祖父村田一郎と、曽祖父吉村三木太郎の話をした。 筒井正夫さんは戦前の企業家ネットワークを研究し、関係資料が揃っているらしい書棚の前だったので、私は清宮政宏滋賀大学経済学部教授の先生ではないかと思って、俄然興味がわいた。 日本にはない動力をどうするか、福沢諭吉、勝海舟あたりが、日本には水がある、水力を利用してやっていこうと「水力組」を作ったという話も出た。 殖産興業、当時の製紙会社、紡績会社の経営に深くかかわったのが、あとで出てくる高祖父村田一郎という人物だった。

 鶴田真由の母方のルーツは、桑名藩の森陳明(つらあき、常吉)、幕末の京都で一会桑(一橋、会津、桑名)の活動をしていたが、桑名藩内部の主戦派と恭順派の対立の中、主戦派の藩主松平定敬(さだあき・会津藩主松平容保(かたもり)の弟)に従って、彰義隊で戦い、仙台で新選組に属して改役(あらためやく、指揮官)となり、蝦夷地まで転戦、明治2(1869)年函館で敗れ負傷、反逆の罪で責任をとり斬首となるところを許されて切腹した。 森家は家名断絶、長男陳義(つらよし)は、母方の姓、若槻を名乗った。 桑名十念寺の「森陳明之墓」の字は藩主松平定敬の書、長男陳義への遺言「恩義を忘れず、私事を捨てよ」が刻まれている。

 若槻陳義(森でなく毛利とも言っていたらしい)の子が、鶴田真由の曽祖父にあたる若槻三木太郎で、三木には森の字が隠されている。 三木太郎は、桑名藩の家老である吉村権左衛門家の養子になる。 吉村権左衛門は恭順派で、主戦派に暗殺されていたので、恭順派と主戦派が恩讐を超えて手を結んだことになるという。 ノーサイド、桑名藩ワンチームのドラマである。

長くなったので、高祖父村田一郎と、曽祖父吉村三木太郎の話は、また明日。