春風亭一之輔の「らくだ」その一2020/07/25 07:00

 一席、申し上げます。 あるお長屋に馬さんという人がいました。 昔、ラクダが大陸から見世物で来た。 図ゥ体ばかりでかくて、何を考えているのかわからない、乱暴者で、嫌われている、いつしか皆、らくだの馬さん、らくださんと呼ぶようになった。 同じようなのが集まるようで。 おい、いるかい、らくだ! 開けるぞ、寝てんのか、起きろ、俺だい。 何だ、死んでるよ。 往来でばったり会ったんだ、でかいフグを下げてやがって、自分でさばいて食うんだって。 中(あた)ったら、どうする、って言ったら、こっちが中てやらあって言った。 らくだもフグにはかなわないんだ。 弔いの真似事でもしてやりたいが、生憎、一文無しだ。

 「くずいーーっ、屑屋、お払い!」 おい、屑屋! アーッ、えらいことになっちゃった、らくださんとこだ。 こっちへ来い。 らくださんは、お休みですか。 死んだよ。 またぁ。 またも、ケツもあるか、フグに中って死んだんだよ。 フグに中って、ふぐ死んだんですか。 手前え、この野郎、人の生き死にのことを、シャレや冗談にするんじやねえ(襟首をつかむ)。 すみません。

 俺は兄弟分で、丁の目の半次という者だ。 はい。 言ってみろ、名前、教えたろ。 チョロ……、チョロチョロの半助さん。 丁の目の半次だ、弔いの真似事をしたい、そのへんにあるものをバッタで買ってけ。 らくださんのとこは駄目なんで、へっついは崩れちゃう、七輪は鉢巻きしてて開いちゃう、七輪が一輪になっちゃう。 シャレを言うんじゃない。 すみません。 土瓶は、ツルと蓋はあるが、底がない。 何か買え! これ、お香典というほどじゃない、お線香代で(半次、サッと懐に仕舞う)。 ありがとな。 じゃあ、これで、勘弁して下さい。

 月番の家はどこだ。 長屋の入口で。 行って来てくれ。 これから商売に行くんで、今日、口銭稼いでない、子供がいる、十四を頭に五人、稼がないと釜の蓋が開かない。 子供か、今日中によくツラを拝んどけ、お前、生きてあと二三日だな。 ヘェーーッ。 行って来いよ、出商人(あきんど)が、得意先に不幸があったら、働くのが当り前だ。 長屋には祝儀不祝儀の付き合いがあるだろう、香典かき集めて持って来い、なまじ品物だと面倒だから、金でと、言ってこい。 ザルと秤、預かっとく。

 らくださんが、死んだんですよ。 よくあるよ、喧嘩で死んだって聞いて喜んだら、相手が死んだ。 口から血の泡吹いて、目と目があっち向いて、死んだんです。 本当に? 嘘じゃない。 嘘だったら、お前殺すよ。 誰かに言わなきゃあ、辰っつあん、らくだが死んだってよ、屑屋が知らせに来てくれた。 兄弟分てのがいましてね。 どうせ、チンピラだな。 顔中、傷だらけで、傷の見本市みたいな人で。 その人が言うには、長屋には祝儀不祝儀の付き合いがあるだろう、香典かき集めて持って来い、なまじ品物だと面倒だから、金でと、言ってこい、と。 よろしく、さよなら。

 待て、祝儀不祝儀の付き合いなんて、あいつは一回もないよ。 こないだ寄合があって、立て替えたんだよ、さんざん飲んで騒いで、あくる日割前を取りに行ったら、ないよって、ガーーンと拳骨で殴られた、奥歯折れてんだ。 辰公も横っツラ、張られて、今でも耳がビンビンしてんだ。 誰が香典なんか持って行くか。 なあ、辰公。 死にゃあ仏だ、出してやろうよ。 屑屋、お前も早く逃げたほうがいいよ。

 で、香典、持って来んのか、来んならいいよ。 大家の家はどこだ。 この裏です。 行って来てくれ。

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