春風亭一之輔の「らくだ」その二2020/07/26 07:11

 行って来てくれって、頼んだんだよ。 へいよ。 こっち来て、耳を貸してくれませんか、屑屋さん。 こっち来て、耳を貸してくれませんか、そう言っているんですよ。 はい、何ですか、親方。 あんた、自分で自分のハラワタ見たことありますか、案外きれいなんですよ、ご覧になりますか。 ヘェーーッ、行きます、行きます。 行きゃあいいんだ。 弔いの真似事をしてやろうと思うが、一文も無い。 大家さんはお忙しいでしょうから、お出で頂かなくて結構ですが、長屋には線香を上げにくる奴もいるだろう。 まさか空っ茶で返すわけにいかないから、大家と言えば親も同様、店子と言えば子も同様、親子の間柄で遠慮のないところを言いますが、いい酒を三升、悪い酒は頭にピンと来るんで、明日の仕事に差し支える、芋、ハス、はんぺん、コンニャク、ごぼうを甘辛く煮たのを丼鉢に三杯、握り飯を三升握ってこいって、言って来い。 誰が言う…。 お前に言ってるんだ。 言えませんよ、それ、無理ですよ。 らくださん、店賃全然払ってない。 こんな小汚たねえ家に、重しの代わりに住んでやってるんだ、店賃取ろうなんて、泥棒だい。 そんな……、でも新しい考え方で。 大家さんは因業だから、出しませんよ。 出さないと言ったら、死人(しびと)のやり場に困る、大家さんも親なんだから、死人をかつぎ込みます。 ただ死人をかつぎ込むだけじゃあ面白くないから、死人にカンカンノウを踊らせてご覧に入れますって、言って来い。

 何だよ今日は、いい天気で商売出来ると思って、出て来たのに。 大家さんも、おっかないんだ。 二人でやり取りしてもらいたいよ。 怖いな、トントントン。 婆さん、誰か来たよ。 膝が痛いんで、出て下さい。 屑屋じゃないか、裏から来い。 商売じゃないんで。 また商売替えか、お前を屑屋にしてやったのは俺だよ。 らくださんが死んだんです。 駄目だ、駄目だ、らくだって聞いただけで、婆さん、泡吹いてひっくり返る。 こないだ、落語聞きに行くかって言ったら、倒れちゃった。 らくださんが死んだ。 だるまさんが転んだ。 らくださんが死んだ。 それ符牒か、屑屋の。 そのまんまなんです。 ずっと死なないかなって、世界中の長屋にあいつがいれば別だよ、あいつがいるのはウチだけだ。 そんなセコイよいしょを言うな。 フグに中って死んだんです。 よせよ、(口をパクパクして、言葉が出ず)死んだ、嘘じゃないな、喜ぶよ、やった、やった、婆さん、倒れることはない、らくだがフグに中って死んだんだ、やっぱりフグだな、えらいもんだな。 生き返らないかな、頭、石でガンガンつぶせ。 フグの亡骸はあるのか、長屋の入口の両側にフグ塚建てて、フグの銅像を建てる、ワーーーッ! 落ち着いて下さい。

 兄弟分てのが来てまして、弔いの真似事をやるってんです。 何でもやれ。 大家さんはお忙しいでしょうから、お出で頂かなくて結構ですがって。 行かねえよ、そんなもの行かねえ。 長屋には線香を上げにくる奴もいるんで、まさか空っ茶で返すわけにいかないから、大家と言えば親も同様、店子と言えば子も同様、親子の間柄で遠慮のないところを言いますが、いい酒を三升、悪い酒は頭にピンと来るんで、明日の仕事に差し支える、芋、ハス、はんぺん、コンニャク、ごぼうを甘辛く煮たのを丼鉢に三杯、握り飯を三升握ってこいって。 よろしくお願いします。

待て!(と叩く) 痛いッ! 来い、馬鹿、おい、馬鹿、馬鹿屑屋。 お前、らくだがどんな奴か知ってるだろう、さんざんいじめられて。 それが、大家と言えば親も同様、店子と言えば子も同様だと、冗談言うな。 あいつは長屋に来てから一度も店賃を入れてない。 店子じゃない、住み着いているだけだ。 三年前に来て、貸してくれって頭下げたから貸した。 店賃入れないから、出てけって言ったら、出てってやるから、脇に別荘一軒建てろって。 今日という今日は店賃取れるまでと、あいつの家の上がり框で動かないと言ったら、本当に動かないんですね、動いた方がいいと思いますよ、大家さん、と。 それで押し入れゴソゴソやっているから、少しはヘソクリでも出すんだと思ったら、あんな刀があるんだな、支那の刀で青龍刀てのか、こんなにでかいの出して、これでも帰らねえかと振り回した。 私はひっくり返って、あちこちぶつけて、家までほうほうの体で帰って来た。 柾の通った下駄を置いてきたら、あいつその下駄履いて、家の前をカラコロカラコロ、湯へ行くんだよ。 私も言ったんです、らくださん店賃払ってないし、大家さんはしみったれ……、しみじみいい人だけれど、無理だ、出さないって。 でも死人(しびと)のやり場に困る、死人にカンカンノウを踊らせてご覧に入れますって、言ってました。 面白いじゃないか。 婆さん、聞いたか、生まれてこの方、そんなの見たことない、朝から退え屈してたんだ、ぜひ見てえって、言ってくれ。 脅かして、物を持ってこさせようとしてるんだな、冗談じゃない。 婆さん、塩持って来い。(塩を撒いて、屑屋にぶつける)