春風亭一之輔の「らくだ」その四2020/07/28 07:03

 もう一杯、いいですか。 大丈夫か。 何ですか。 大丈夫か。 大丈夫だよ、いいじゃないか。 さっきまでナミナミ注いで、今度はけちってるのか、へへへ。 死にゃあ仏(と、らくだを見ながら)、あんた兄弟分なら、ちゃんと教育しとかなきゃ駄目だよ。 あれ買え、これ買えって、ある時、地べたに〇描いて、これ買えってんだ。 問答しかけてるのか。 ちょっと待って下さいって言ったら、殴られて、二百文取られた。 〇消したよ。 あれは面白かった。 丼鉢買ってけ、四つ揃ってて、一つ五十で二百でどうだって。 蓋もあるってんで、見たら、長寿庵て書いてある。 表の蕎麦屋の丼だから駄目だよ。 俺が買ったんだからいい、悪いと思ったら、返してくれ。 蕎麦屋に返したら、おかみさんがお代ももらってないという。 立て替えて、らくださんに言ったら、これでも食らえって、殴られた。 何、笑ってる、お前が笑っている場合じゃない。

 蛙の彫り物、買えって。 たまたま持っていたんで、一分で買った。 手、出したら、ピョン、ピョン、ピョン、生きてるんだよ。 左甚五郎が彫ったから、魂が籠っているんだ、何だったら、鳴かしてやろうかって。 襟首と、たぶさつかまれて、あの柱にドーーン、額から血がダラダラ。 泣きながら、家に帰ると、十四を頭に五人の子供の、十四は娘なんだが、かみさん代わり、弟たちを表にやると、井戸端で傷を洗って、絞った手拭を当てて、お父っつあん、お仕事大変なんだねえ、私も働くから、勘弁してねって。 こいつ(と、らくだを見て)、やっちゃおうか、耳たぶ食いちぎって、目ん玉刳り抜いてろうかと思ったが、子供たちを路頭に迷わせてもいけないから、勘弁してやったんだ。 ターーッ、(と、涙を拭いて)よく辛抱したな、お前、兄弟! お前たち、やくざ者は何かというと兄弟分になりたがるが、俺は一匹狼だ。 屑屋の久さんと言えば、泣く子も黙るんだ、憶えといてもらいてえ。 言ってみろ、今、名前、教えたろ。 屑屋の…、久さん。 当たりでーす! ごきげんです、今日は。 もう一杯。 やめといたほうが、いいんじゃないか、釜の蓋が開かないんだろう、兄貴。 何が兄貴だ、人ン家の財政に立ち入ってもらいたくない、365日生きてりゃあ、いろんなことがある、注げ! 俺がやさしく言ってる内に、注げ。 お前と俺で、とことん飲み明かす。

 知ってる焼き場とか、寺とかあるのか。 俺が万端やってやるから、大船に乗った気持でいろ。 よろしくお願いします。 誰のおかげで、この支度が整ったと思ってんだ。 何ひとりで、もそもそ食ってるんだ。 こんなものを。 芋じゃないか、百姓じゃないんだ、芋で酒が飲めるか。 表の魚屋へ行って、マグロのブツでも持って来い。 誰が…。 お前に、言ってるんだ。 くれるかな。 くれるの、くれないの、言ったら……。 カンカンノウ。

 (マグロのブツを食って)猫じゃないんだ、シタジを持って来い、シタジを。 揚げ板あげて。 (ブツをがつがつ食いながら、酒を飲む) 大丈夫か。 あとよ、香典があるから、二、三升買って来い。 二、三升飲んで、らくだをくりくり坊主にするから、剃刀、表の髪結い床で剃刀借りて来い。 貸すの、貸さないの、言ったら……。

 (頭を剃る)大丈夫かい、血が出たよ。 死んじゃってんだ、痛くねえ。 (菜漬けの樽の)蓋を取れ。 よっこい、そっと。 腕なんか、ボキボキ折っちゃえ。 乱暴なことすんない。 大丈夫だ。 二人でかつぐ。 ダチ公の安ってのが、隠亡(おんぼう)やってんで、蕎麦ごちそうしたから、ただで焼いてもらおう。 骨なんか、畑にばらまいて、犬に食わせる。 大丈夫か。 大丈夫だ。 トムレエダ、トムレエダ、らくだのトムレエダ、スッテンテレスコ、トムレエ-ダ!

(まわりを見回して)笑ってんじゃない。 落合だ。 道が悪いから、気を付けろ。 オッと!(早桶を落とす) 肩、入れろ。 軽いじゃないか。 トントントントン、安公ーーーッ! 開けて,入えれ。 お前、久蔵じゃないか、何か用か。 焼いてもらいたい、貧乏どむらいだ、貧乏の取締りだ。 何も入ってないぞ。 エッ、さっき落としたんだ。

 戻ってまいりまして、その当時は願人坊主なんかがウロウロしてまして。 その中の一人が、酒飲んで、ヘロヘロになって寝ているのを、拾う。 兄貴、何か温ったかくないか。 よいしょ、よいしょ。 揺れてますね。 揺れてんだ。 どこへ行く? 死人が口を利くんじゃない。 駄目だよ、兄貴、あんまり死人と喧嘩しちゃあ。 こいつは生意気だ、黙ってろ。 どこへ行くんですか。 どこへ、焼き場に行くんだ、焼き場でお前を焼くんだ。 焼かれたくない。

 はーーい、下ろせ。 安公、早く焼いてくれ。 来たか、火が燃えているから、その中にぶち込んでくれ。 ボーーン! たまらない、なにせ、生きているんですから。 アッチッチ! アッチッチ! 生き返りやがった。 ここはどこだ?  日本一の火屋だ。 エッ、ひやだ。 冷酒(ひや)でもいいから、もう一杯くれ。

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