春風亭一朝の「井戸の茶碗」前半2020/08/20 06:46

 自粛中、暇なんで、何かやろうと思ったが、なかなか出来ないもんで…。 弟子に一花という女の子がいて、三十過ぎて女の子なんてもんじゃないが、結婚するのに料理が苦手で、いけないってんで、一門に橘家文蔵、噺家になる前は板前やってたのがいて、習うことにした。 稽古仲間が、えらいね、何習ってんの? チャーハン教わってます。 何だかわからない。

 クズーーイ、お払い! 鼻に抜けるようになると一人前だそうで。 大きな声で呼ばれるのは駄目。 何もないが、フンドシ一本。 明日の天気がわかるような、湿ったのが出てくる。 小さな声がいいかというと、長屋の惣後架、共同便所から声がかかって、屑屋、紙一枚ちょうだい。

 麻布茗荷谷に、正直清兵衛という屑屋がいて、曲がったことが大嫌い、煙管の雁首、牛の角は嫌い、表をまっつぐに歩く、どうしても曲がらなければならなくなると、悔し涙にくれて曲がる。

 十七、八の娘さん、継ぎ接ぎだらけの着物を着ているが、どこか品のある娘に呼び止められた。 父上、呼んで参りました。 後ろを閉めて。 土間の隅の紙屑など、六文のところ、七文で頂戴します。 この仏像を二百文で買ってもらいたい。 すみません、こういうのは扱わないことにしているんで。 値打ちのある品物ではないが、屑屋さんに損はないと思う。 曲げて買ってくれないか、わしは千代田朴斎と申す、恥を話すと浪々の身で、昼は素読指南、夜は売卜をしておるが、風邪を引いて薬代にも困っておって…。 頭をお上げ下さい、二百文でお預かりします、儲けが出たら、半分頂き、半分お届けします。

 芝白金、細川様のお屋敷、上から声がかかって、二階の侍、その鉄砲笊の仏像は立っているのか、と聞く。 何で、出来ている、木か、銅か? どうでしょう。 表を回ると面倒だ、ザルを下げるから入れてくれ。 気に入った、いくらだ。 二百文で預かってきたんで…。 欲のない奴だな、生憎金がないところで、三百文でどうだ。 ありがとうございます、あちらに五十文持っていける。

 良助、この仏像を買い求めた。 何かゴトゴトいっている、腹(ハラ)籠り、もう一つ仏様が入っているのかもしれない。 磨きたい、金盥を塩で清めて、お湯を。 台座の紙がはがれて、中から小判が出た。 儲かりましたな。 仏像は買ったが、中の小判まで買った覚えはない。 屑屋の住まいが分からぬ、お窓下を通る屑屋をみんな調べよう。

 あくる朝、クズーーイ、お払い! 屑屋、被り物を取って、顔をこちらに向けろ。 それが顔か、ふざけた顔だ、お前はその顔で表を歩くのか、度胸がいいな。 違う、行ってよい。 屑屋、顔をこちらに向けろ、長い顔だな、馬が行灯くわえて鰻を下げたような顔だな、あっちへ行け。 通る屑屋、通る屑屋、みなやられた。

 清正公様のお社、中に掛茶屋があって、昼時分になると商ん人が集まる。 屑屋のかたまりで、あの若い侍、何だ、という話になる。 俺は、顔が四角いから、鼻緒をすげて歩けって。 それはですね。 お前はいいの、みんなお前のこと何て言ってるか、千三つ、千の内三つしか本当のことを言わない。 生き死にの話です、探してる顔だったら、命がない。 あの侍は父親の仇を探してる、父は指南番だったかが、新しい指南番が来て、論より証拠、御前試合となり、打ち込んで父が勝った。 負けた方は、恨みに思い、闇討ちにして、江戸へ逃げた。 仇が屑屋に姿を変えているという噂だ。 清兵衛さん、しばらく見なかったね。 風邪を引いていて…、その細川様のお屋敷の二階のお侍は、私を探しているんです。 これこれ、こういうわけで、仏像の首でも取れたんじゃないか。 行っといで、行っといで、かみさんは俺が引き受けるから。 あの下は通らない方がいいよ、通るんなら黙って通れ。

 鉄砲笊を肩に清兵衛さん、つい、クズーーイ、お払い! アッ、いけねえ、甘――い、甘酒! 何だ、あの屑屋だ、呼んで参れ。 屑屋、お前だな、仏像から小判で五十両出た、元の持ち主に返してもらいたい。 お喜びだと思いますよ、西法寺店にお住まいで、昼はソー毒で、夜は梅毒になるそうですから。 売卜、占いのことだ。 あなた様のお名前を。 高木作左衛門と申す。

 先だっての屑屋さんか。 いいお話で、あの仏像、三百文で売れました、お約束の、半分の五十文です。 それから、仏像の中から五十両出ました。 腹籠りではなかったのか。 五十両、お受取りを。 受取るわけにはいかん、わしは手放した、買った人のものだ。 受取るわけにはいかん、武士という誇りだけは捨てたくない、生きる意味がなくなる。 お嬢さんのことも考えてあげて下さい、失礼ですが、私が見ても暮らしぶりがよくない。 黙りなさい、先祖が入れてくれたのだろうが、買った人に天が授けたものだ。 正直なのは結構ですが、度が過ぎると馬鹿正直。 貴様、何と言った、武士をとらえて馬鹿とは。 貴様(と、刀に手をかけて)、先方へ持って行きなさい。

 高木様。 買った人のものだと、おっしゃっています。 わからん奴だな、貴様、刀にかけても、受取らん。

 千代田様。 わしも武士の端くれ、受取らん。