柳家花緑の「不動坊火焔」中2020/08/25 07:05

二人とも聞いてくれ、不動坊火焔のかみさんのお滝さんの話だ。 不動坊火焔がひと月ほど前に、巡業先で死んじゃった。 知ってるよ。 そのお滝さん、デコボコ大家の口利きで、吉公の所に、今晩輿入れ、仮祝言するそうだ。 本当かい。 俺たちのお滝さんが、吉公のお滝さんになる。 大家が、俺たちに断りもなく、直(じか)に吉公の所に話を持って行った。 俺は湯に入ってたんだ、すると吉公の奴、浮かれてて、お滝さんの声色なんか使いやがって、鉄っつあんは顔の色が黒い、裏か表かわからないとか、万さんもチャラ万さん、ホラ万さんなんて言われていたぞ。 お前のことは? 俺…、チリ紙に目鼻つけたようなって、そんなお粗末な顔かい。 うまいね。 くやしい、くやしい。 亭主が旅で、お滝さんが一人でいると、手土産持って行って、お寂しゅうございましょう、なんて言っただろ。 腹割って本音を言うと、世間に内緒で訪れて、ちょっと手ぐらい握って、物差しでピシッと叩かれたり、そういうこと、心のページに刻んだでしょ。 お前だけだ、そんなことしてるのは。 でも、みんな同じ気持だろ。 くやしい、くやしい。

明日の朝、吉公が大家の所を訪れて、今度のことはないことにしてもらいたいと頼む、そんな筋書きを俺が考えた。 やるか? やる、やる。 不動坊火焔の幽霊を出す。 北海道に探しに行くのか。 本物、いる訳ない。 偽物、替え玉を出す。 長屋の屋根に登って、引き窓、天窓開けて、あそこからスーーーッと出そう、驚かそう。 驚く顔が、目に浮かぶね、面白い。 幽霊はどうする。 この先に噺家の林家正蔵の弟子で正吉、万年前座がいる、歳はいってるんだけれど。 こないだ師匠の怪談話の幽霊で出たんだけれど、これが怖い。 昼席終わって、ここへ来る。

 正吉さん、こちらへ。 お座敷はこちらで。 硬くならないで、男三人だから。 では、師匠を凌ぐ「牡丹灯籠」を一席。 噺を聞きたい訳じゃない。 幽霊を頼みたい。 有難うございます、嬉しいです。 今も、楽屋で師匠方に褒められて、幽霊のお座敷がかかるんじゃないかって。 天窓から下がって、驚かす。 おイタ、ご趣向ですか、ぜひ、やらせて下さい。 支度は? 吊るすもの、幅広のもの、白布の三尺。 鳴り物、太鼓、ウスドロってやつ。 万さん、よかったな、チンドン屋の太鼓がある。 火の玉、胡麻竹、よくしなるんで、先にボロ布巻いて、樟脳火、今はアルコールしみこませて、火をつける。 セリフはございますか?  不動坊火焔の幽霊だ、四十九日も過ぎぬのに、嫁入りするとは、うらめしい。 短いですね、もう覚えました。 幽霊の衣装はありますか。 ない。 じゃあ、家に帰って。 夜十時に、支度して集まろう。