インド奥地の古い寺、仏像の宝石の呪い2020/09/16 07:11

 タアちゃんの事件があった夜、篠崎始の父が、母と始を奥の座敷に呼んで、心当たりの話をした。 内側を紫色のビロードで張った四角い箱の中に、おそろしくピカピカ光る一センチくらいの玉が入っている。 その宝石は、一昨年上海で、ある外国人から買ったのだが、値段が時価の十分の一にも足りない五万七千円だった。 掘り出し物だと喜んだのだが、別の人に因縁話を聞かされた。

 この宝石は昔、インド奥地の古い寺のご本尊の仏像の額についた白毫(びゃくごう)だった。 百年ほど前、その付近で外国との戦争があり、寺は焼け、沢山の人が死んだ。 宝石は奪われ、いろいろな人の手を経て、ヨーロッパで買い取られてしまった。 また、その戦争で殿様の若いきれいなお姫様が、敵の玉に当たって死んだ。 この地方のインド人たちは、二つの悲しい出来事を忘れなかった。 仏像の命ともいうべき白毫を奪い返すことと、お姫様の仇討ち、その二つのことが一つに結びついて、宝石につきまとう呪いとなった。 そして恐ろしい魔術を使う二人の命知らずのインド人が、その敵を探して世界中を旅することになった。 二人が死ねば、新しい者が派遣され、宝石を取り戻すまで、何十年も、何百年も、呪いは解けない。 その宝石を持っている者は、真っ黒い奴に狙われ、その家に幼い女の子がいればさらわれて、お姫様の仇討ちということで殺されて、その死体がどうしても見つからないというのだった。 篠崎始の父は、そんな因縁話は宝石を安く買い取ろうという策略だろうと考えて、気にもしなかった。

 ところが、昨日、今日、家のまわりで、女の子がさらわれ、さらった奴が真っ黒い怪物だというと、気味が悪くなってきた。 母は、「うちの緑ちゃんを、さらおうとしているというんですか」と青くなった。 始は、少年探偵団に入っているので、明日、明智小五郎先生に相談したらと提案し、父もそうしようと言う。

 アッ、と始が小さい叫び声を上げ、床の間を見たまま化石のようにかたまってしまう。 父と母が驚いて、そちらを見ると、床の間の脇の書院窓が音もなく細めに開いて、一本の黒い手がニューッと突き出されたではないか。 「アッ、いけない」と思う間もなく、その手は、花台の上の宝石箱をわしづかみにして、また障子のすきまから消えてしまった。 黒い魔物は、大胆にも、三人の目の前で、呪いの宝石を奪い去ったのだ。

 すぐ確かめると、幸い、緑ちゃんは無事だった。 秘書の今井と始が、黒い魔物を追いかけた。 高いコンクリートの塀に囲まれた庭の木立をぬって逃げて行き、ひとつの小さなしげみを飛び越すと、まるで忍術使いのように消え失せてしまった。