「悲劇の女性詩人」魚玄機2020/10/17 07:04

 ちょっと趣を変えて、井波律子著『奇人と異才の中国史』で、「悲劇の女性詩人」魚玄機(ぎょげんき・唐・843?-868?)を読んでみよう。 「詩の黄金時代である唐代には、李白・杜甫を筆頭に傑出した詩人が輩出し、女性のなかからもすぐれた詩人が出現する。薛濤(せつとう・768?-832?)と魚玄機はその代表的存在である。薛濤は成都(四川省)の有名な妓女、魚玄機は長安の妓楼の娘(養女)というふうに、両者とも花柳の巷に生きる女性だった。」

 唐代の名妓には詩作の素養が不可欠だった。 地位も教養もある男たちは、才色兼備の名妓としゃれた会話をかわし、詩を贈りあうことに無上の喜びをおぼえたのである。 魚玄機は、唐王朝が没落の一途をたどる晩唐に生を受け、聡明な彼女は読書や作詩を好み、彼女を「揺金樹(金のなる木)」と見込んだ養父母も家庭教師につけて詩の作り方を学ばせるなど、投資を惜しまなかった。 抜群の詩的才能をもつ美少女に成長した魚玄機は長安の名士の注目を集め、はなやかな日々を送る。 やがて李億(りおく)という素封家の御曹司に望まれたのをしおに、花柳界から足を洗い、彼のもとに嫁ぐ。 ところが、李億には正妻があり、側室にすぎなかったけれど、ともかく安定した生活が送れるかと思いきや、二年足らずで李億は心変わりし、魚玄機はあっさりお払い箱にされてしまう。 この屈辱的体験によって、魚玄機は回復不能の深傷(ふかで)を負った。

 この後、魚玄機は長安の由緒ある道観(道教寺院)である咸宜観(かんぎかん)に入り、道教風の出家をして、女道士となる。 だが道観は出入り自由で、名高い詩人である彼女のもとには、詩を求める訪問者が絶えなかった。 かくして数年、心の傷もようやく癒え、魚玄機に新しい恋人ができた。 しかし、裏切られることへの恐怖におびえる彼女は、やがて誤解にもとづく凄惨な事件を引き起こす。 彼女が不在の時、たまたま恋人が訪れ、留守番の侍女が応対した。 帰宅した魚玄機は二人の関係を疑い、侍女を責め殺す。 聡明な女性詩人の起こした愚かな犯罪。 まもなく処刑される、ときに26歳。

 はげしい生き方をした魚玄機の詩は、その詩風も大胆で、なりふりかまわぬ、切迫した自己告白の響きにあふれている。 森鴎外は短篇小説「魚玄機」に、この悲劇的な女性詩人の姿を美しく描いた。

 ◆魚玄機の詩より 「雲峰満日 春晴を放つ 歴歴 銀鉤 指下に生ず 自ら恨む 羅衣の詩句を掩うを 頭(こうべ)を挙げて 空しく羨む榜中(ぼうちゅう)の名」 みはるかす雲の峰々が、春の光をあびて、輝きを放つ風景のもと、進士になりたての人々の名前が、道観の壁に力のこもった筆づかいで、くっきりと記されてゆく。恨めしいのは、この身がうす絹をまとう女であること。いくら詩の才能があってもどうにもならず、ただ頭をあげて、榜(立て札)に公示される進士及第者の名を、羨ましくながめるだけ。

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