「政府の処置に不安心と思うことあらば…」2020/11/27 06:55

 菅義偉首相になって、ちょっと嫌な空気を感じたのは、日本学術会議の会員候補6名の任命除外問題だった。 21日に2千回を迎えた鷲田清一さんの朝日朝刊連載「折々のことば」の2016年8月24日に、こんなのがあって、強く印象に残っていた。

496「「自由の獲得」は劇的な政治変化を伴うのに対し、「自由の喪失」は音もなく徐々に、ほとんど人の気づかぬうちに進行することが多い 猪木武徳」

鷲田さんは解説して、「自由とデモクラシーを両立させようという「寛容」の政治体制は、意見の不一致をも受け入るような精神の緊張を前提とする。だから樹立するには法外な努力を要するが、いったん崩れだすと止めるのが難しい。極論や思考停止に流れ、異なる意見を封殺する「空気」がすぐに社会を覆いはじめる。経済学者の「自由と秩序」から。」

猪木武徳著『自由と秩序』(中公叢書・2001年)。

「折々のことば」は、私が10月26日から11月6日まで、だらだらと読んでいた坂野潤治さんの『帝国と立憲』も、核心をスパッと取り上げていた。(2017年9月24日)

883「戦争が起こらない限り、デモクラシーを鎮圧することはできない。 坂野潤治」

「だが「一旦戦争が起こってしまえば、戦争が終わるまで、デモクラシーには出番がない」と続く。昭和の日中戦争は軍部の独裁政権がデモクラシーを鎮圧した後に起こったのではない。デモクラシー勢力が躍進していったその「頂点」で勃発した。そして民意はあっけなく「厭戦(えんせん)」から「好戦」へと転じた。戦争を止める契機は何か、日本近代史家は著書『帝国と立憲』で執拗に問う。」と、鷲田さん。

鷲田清一さんは、今年6月4日、福沢諭吉を引いた。

1836「平生よりよく心を用ひ、政府の処置を見て不安心と思ふことあらば、深切にこれを告げ、遠慮なく穏やかに論ずべきなり。  福沢諭吉」

「近代国民が欠いてはならぬ心構えはこれだと、明治の思想家は説く。「政府の事は役人の私事にあらず、国民の名代となりて、一国を支配する公(おおやけ)の事務といふ義なり」。そこに「私曲」などあってはならないと、主(あるじ)はどこまでも「人民」。「遠慮なく穏やかに」という表現にその自恃(じじ)の志が漲(みなぎ)る。『学問のすゝめ』(伊藤正雄校注)から。」

「自恃(じじ)」を辞書で引いた、「自分自身をたのみとすること。」