天皇陛下、1937(昭和12)年水路部でお言葉2020/12/05 07:10

 1937(昭和12)年3月26日、天皇陛下の水路部行幸があった。 秋吉利雄は四課を率いて「天文及び潮汐作業掌理、ならびに潮汐潮流調査観測。潮汐表編纂」などを担当していた。 各課の課長が第一種軍装に身を包み、直立不動で会見に臨んだ。 「第四課課長、秋吉利雄大佐」と部長が紹介した。 陛下はわたしより八歳ほどお若くてあられる。 側近の者が手元の書類を見ながら陛下の耳に何かささやいた。 「秋吉」と陛下が言われた。 「ローソップ島の日食観測を率いたのはおまえか?」 「はいっ」 しばらく黙してから、「あれは見事であった」と仰せられて、またしばらくの沈黙。 「我が国の科学の力を世界に示す偉業であった。私も新聞の報道を追っていたぞ」 わたしの心の中で喜びが湧いた。 わたしはその喜びを主に感謝した。 ローソップ島の日食観測は三年ほど前のことだ。 「忝(かたじけな)いことであります」と深く低頭した。

 「私は水路部の業務が好きだ」とやがて陛下は仰せられた。 「誰か、海図を取ってきてくれないか。6363、相模湾」 5分ほどして、その海図が来た。

「今年の正月を私は葉山の用邸で過ごした。そして毎日油壷の港から船を出して海生生物の採集に勤(いそ)しんだ。冬の海上の寒さも厭(いと)うことではなかった。その時に私の手元にあったのは何か?」 「この相模湾の海図だ。あの湾の海底地形はすべて頭に入っている。それでも海に出るごとに航路を書き込む。今回はもっぱら南甘鯛場に行ったが、この名は海図にはない。あれは漁師たちの俗称で、海図ではここ、鎌倉海脚のあたりだ」 みなみな陛下のお言葉を拝聴した。

 「水路部の業務ぜんたいについて述べておきたい。これは世の役に立つ大事な仕事だ。みな知っていると思うが、私にとって生物学の研究はただの趣味ではない。天皇としての責務とは別に、私人としてこの分野で何か業績を残したいと念じている」

 「水路部は海軍に属する。しかしここは海軍水路部ではなく、ただの水路部である。なぜならば海図を使うのは軍艦ばかりではないからだ。民間の船もみな日々の航海を海図に頼っている。あるいは航海暦を用いている。無論、戦時のための用意ということはある。しかしながらその日が来ないことが海軍にとっても望ましい。日常の艦の運用の役に立ち、国内のみならず内南洋の島々など遠方の港に艦が赴いた時に安全に入港するために、海図の周到な準備は必須である。ローソップ島がいい例だな、秋吉?」 「はい、よい海図がありました」

 「だからさ」と陛下は急に口調を崩して言われた。 「秋吉はじめ水路部の面々はみな戦時ばかりでなく、むしろ平時のために必須のお国の部材なのだよ。それぞれの職責において優秀なのであるからして、逸(はや)ることなく陸地にあって、また海上にあって、力を発揮してもらいたい」

 わたしは頭を下げてお言葉を聞き、ほとんど涙を催した。

「以上、朕(ちん)の惟(おも)うところである。秋吉、元気でな」

陛下は退場された。

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