入院中の伊勢湾台風、登校後のこと2020/12/25 07:10

 入院中、家族や親戚、期末試験前なのに志木高の友人達など、いろいろな人がお見舞いに来てくれた。 3年D組は理科コースだったが、ちょっとクラスの雰囲気に合わない仲間が集まって、5~6月の北海道への修学旅行の班をつくり、「3Eの会」と称していた。 9月のブログに書いたテントを担いで紀州へ高校卒業旅行に行った仲間だ。 その連中は、見舞い品に『少年』10月号(120円)を持ってきてくれた。 みんなで笑わせるので、腹が痛い。

 9月28日(月)朝、抜糸。 許可が出て、夕方、兄の車で退院した。 7日間、入院したことになる。 入院中の9月26日(土)、台風15号が接近し、夜、「すばらしく、荒れる」と、書いている。 実はこれ、昭和34(1959)年9月26日の伊勢湾台風である。 当初はわからなかった被害の状況が、何日か後に判明した。 行方不明の赤ん坊の骸を奪い合ったと報道され、死者5041名、被害家屋57万戸という、明治以降最大の台風被害を出した。

 10月5日、2週間ぶりに登校した。 みんな温かく迎えてくれた。 主事と担任の先生に挨拶し、入院した日に両親が訪れ追試の約束をしてくれていたので、しばらく後で期末の追試をすることになる。 生徒会の委員長だったから、さっそく全塾陸上運動会の手配、伊勢湾台風の義捐金募金活動、収穫祭実行委員会と学校との話し合い、などをしている。 10月13日には、放課後、集まった伊勢湾台風の義捐金と救援物資を、一年下の保科正興君のシトロエンで、有楽町の朝日新聞東京本社(まだ日劇の隣、数寄屋橋のところ)に届けた。

 自分で日程を組めと言われた追試験を、10月26日から31日まで受けている。 音楽、社会、化学、英語甲、物理I、物理II、英語乙、国語、数学3、数学2、英作文、英文法、体育の13科目もあったことを、すっかり忘れていた。

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