永井荷風『墓畔の梅』、「一樹の海」?2020/12/30 07:45

 永井荷風の『墓畔の梅』。 ヒュースケンの墓は、光林寺の本堂のうしろ、山椿の花が見頃に咲いている崖を五、六歩上がりかけた処にあった。 墓石は高さ三、四尺ばかりだが、頂きに屋根形の飾りが載せてあり、英字で姓名と官名、そして忌辰(忌日)が刻してある。 石の傍らにあまり大きくない一株の梅があって、その枝には点々として花がさいていた。 その梅の木を見て、荷風は限りなく懐しい心持がした、という。 大きくゆるやかに動く波のような悲しみ――陶酔に似たような寧ろ快い哀愁に包まれながら、線香の烟を後に残して墓畔を去った。 日本の軍隊が北京で砲火を放ったのは、この年の夏だった。

 十余年の星霜を経て、戦争は終わった。 荷風は、かつて見た一樹の梅は、その幹を太くし、間もなく花をさかすだろう、と思う。 「米国進駐軍の兵士は既に幾度か、その国の不幸であった外交官の霊魂を慰めるために、花束と祈禱とを捧げに行ったであろう。そして、春になったら、彼等もまたわたくしと同じように墓畔に薫る一樹の海を見のがさぬであろう。」と、終わっている。

 高校新聞部出身だから、誤植の発見は、私の得意技であり、容赦のない不寛容の欠点でもある。 岩波文庫の誤植だとしたら、一大発見だ。 さっそく25日朝、岩波文庫編集部に、「『問はずがたり・吾妻橋』の270頁11行目、「一樹の海」は、「一樹の梅」の誤植ではないでしょうか?」と、メールした。 自動受付の返信があっただけで、まだ返信はない。

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