自主退院して、ヘギ蕎麦を食べる2021/01/08 07:19

 翌11月14日の水曜日は絶食、木曜日には水を飲むことが許され、昼は重湯、夕食には五分粥が出た。 金曜日は全粥となった。 そこで高橋三千綱さんは夕食にご飯を要求したのだが、消化器内科のN女医は許可を出してくれなかった。 食道はもうご飯を通せる状態まで回復していた。

 土曜日の朝になると回診する医者は一人になった。 リーダー格のN女医は何かの講習会に出席するという。 三千綱さんは昼食にはご飯を要求した。 4カ月半も流動食が続き、トイレに立つ体力さえもうなくなっていた。 身長172センチで、体重は44キロしかなかった。 食事制限の理由を聞くと、N女医の許可が取れないからだという。 患者に気配りをしたこともなければ、たとえ一分間でも担当する患者の手術に立ち会うこともなかった女医である。

 そこで退院を申し出ると、それこそ許可できないと女医は男の看護師を介して伝えてきた。 「それでは、許可はいらない。自主退院する。」

 彼はナースステーションに戻り、年配の女性看護師を連れて戻ってきた。 困ります、と彼女はいう。 それでも家人に連絡を取り、会計にも電話して、すぐに退院する旨を申し伝えた。

 講習会に出席していたはずの女医から看護師を通して伝言があった。

「「こちらのいうことがきけないのなら、もう患者として扱うことはできない。今後入院しても診察は断る」ということでした」

 三千綱さんは青い顔をしている看護師に向かってなるべくやさしくいった。 そうしたつもりだった。

「なにをいっているんだ。NJのような冷酷な女医なんかに診察してほしくないから退院するんだ。無能力を覆い隠す医師なんかもぐりだとそういってくれ。ああ、これでストレスから解放される」

 すると横にいた男の看護師が笑い出した。 彼の助けを借りて点滴を外し、服に着替え、会計係がくるのをまった。

 命がけの手術から4日後の昼間、意気揚々とT大学八王子病院を自主退院した。 途中、念願だった蕎麦屋に寄って、新潟名物のヘギ蕎麦を食べた。

 「どうして30センチもあった食道ガンが突然消えたのかしら。そういえば、7年前には胃の手術をしないと半年後には死ぬと先生がいっていたけど、あの胃ガンはどうなったの。ふたつの内ひとつは入道雲みたいな形をしていたわよね。この頃何も言わないけど」

 「あれも消えたのさ。毎朝の妄想でガンは去って行ったんだ」

 「妄想……」

 「信じない人はそれでいい。放ったらかし療法で巨大ガンが消えたのは事実なんだからな」

 これで新年のおせち料理もゆっくりと味わえる、高橋三千綱さんは未だ天国にいる気分で至福のときを過ごしていた。