ジョナサン・スウィフトと福沢諭吉2021/02/04 07:05

 『ガリヴァー旅行記』、創元社の『世界少年少女文学全集』では阿部知二訳、講談社『世界名作全集』は『ガリバー旅行記』那須辰造訳(余談だが福島正実が早川書房に入ったのは那須の紹介だそうだ)だった。 朝日新聞は昨年6月12日から毎週金曜日(一面全面の)夕刊小説に、ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』Gulliver’s Travelsを柴田元幸訳、平松麻挿絵で、連載している。 原田範行慶應義塾大学教授が監修、注釈をしている。 毎回掲げられている初版の著者と題名は、By Lemuel Gulliver, First a Surgeon and then a Captain of Several Ships.「船医より始めて のちに数船の船長となった レミュエル・ガリバーによる」 Travels into Several Remote Nations of the World. In Four Parts.「世界の遠国への旅行記四篇」。

 連載予告(6月5日付)の柴田元幸さん解説によると、スウィフトが『ガリバー旅行記』を書いたのは1720年代、日本では徳川8代将軍吉宗による「享保の改革」の時代だが、その英語原文は案外易しく、現代英語と全然変わらないと思える箇所も少なくないそうだ。 何しろスウィフトは、書いたものを召使いに読んで聞かせ、召使いが「わかりません」と言ったら、書き直したという。 “to be understood by the meanest”(もっとも学のない者にもわかるように)というのが、スウィフトの文章を書く際のモットーだったそうだ。

福沢諭吉が、明治30(1897)年『福沢全集緒言(しょげん)』で、自らの著書について、つとめて難解の文字を避けて、平易を主とし、「これらの書は、教育なき百姓町人輩にわかるのみならず、山出しの下女をして障子越しに聞かしむるも、その何の書たるを知るくらゐにあらざれば、余が本意にあらず」と言っているのと、同じ心掛けだ。 昨日は、スウィフトの168年後に生まれた福沢諭吉の命日だった。