初期、福澤に影響した「道徳科学」と社会契約2021/03/03 07:03

 第II部「国民国家形成の構想」の第二節「「道徳科学」と社会契約」では、福澤が初期に影響を受けた西欧の書物について述べられている。 初期、福澤が国民形成のための「コンモン、エヂュケーション」にのり出した時には、欧米における「コンモン、エヂュケーション」の代表的著作だった。 英米両国の多種多様な初等教育教科書のほかに、英国では産業革命による社会の変動と伝統的秩序の動揺に対応するため、新しく台頭するミドル・クラス層や労働者階級への教育を意図したもの。 チェンバース社刊行の一連の著作、とくに政治・社会論では、バートンの『政治経済学』や『道徳教科書』だった。 アメリカの著作で、福澤に大きな影響を与えたのは、「アカデミック・モラリスト」と呼ばれるカレッジの教授たちの「道徳科学(サイエンス・オブ・モラルズ)」の教科書類である。 ブラウン大学の学長をつとめたフランシス・ウェイランドの『政治経済学要綱』や『道徳科学要綱(エレメンツ・オブ・モラル・サイエンス)』(以下『エレメンツ』と略す)には、政治思想の形成に深い影響を受けた。

 福澤はウェイランドの『エレメンツ』の社会契約論を、きわめて積極的に受け入れ、それを再構成することによって彼の国民国家の最初の構想を築いたのである。 福澤は、「一国」―政治社会・国民国家―をも「商社」と同じように「国民」の個々人が合意によって組織する「会社」「社」―自発的結社―としてとらえる。 「一国」を、個人主義を前提にした自発的結社とそこで成立つ社会契約とし、政治社会を形成する本人たる「国民」が代理人として政府を選任し、契約して立法と秩序維持の機能を委任する。 「国民」は政治社会の主人=主権者であり、客=被治者である、「一人の身にして二箇条の勤」を有することになる。 こうして『学問のすゝめ』六・七編の「国民」「一国」「政府」の構成は、ルソーの『社会契約論』(国家の起源を自由で平等な個人相互の自発的な契約に求め、それによって政治権力の正当性を説明しようとする)に先祖返りしたようだが、福澤によって再活性化された社会契約論は穏健で、「国民」は主人として政府を支える経費を負担する義務を持ち、客としては遵法と政治的服従の義務を負った。