もう一度食べたい思い出のおやつ2021/08/11 07:04

 海野雫が「ライオンの家」に来た日、雫の部屋のガラスケースに「ソ」が用意されており、マドンナは「ライオンの家で、人生の醍醐味を心ゆくまで味わってください」と言った。 あとで海まで散歩したとき、ポケットに入れて行って、岸壁に腰掛けて包みを開いた。 色は、クリーム色、淡い卵のような、生まれたてのひよこのような色、欠片を少しだけ口に含み、奥歯で齧った。 最初に沸き起こったのは、懐かしい、という感情だった。 外側はカリカリしていて、お菓子っぽくもない。 二口目は、じわじわと甘い味が広がっていく。 脳裏をよぎったのは、母乳だった。 神さまの母乳、という表現がしっくりくる。

 次の日曜日、最初のおやつのリクエストは、台湾で父親が警察官をしていたので、台湾で生まれた人、戦後家族で引き揚げ、貧しい暮らしの中、母親がつくってくれた、白い、豆腐のような食感のお菓子、名前は思い出せない。 調べて出されたのは豆の花と書いて、トウファと読む、豆乳を使ったデザート。 夏は冷やして、冬は温かくして食べるというので、この日は温かくして、ピーナッツスープがかけてあった。 雪みたい、舌にのせた瞬間、ふわーっとどこかに消えてしまう。 ピーナッツスープは、台湾で缶詰にもなっているそうだが、生の落花生を煮て、生姜の絞り汁と隠し味にほんの少し白醤油を加えたという。

 「ソ」は、私も知っていた。 木簡についていろいろ書いた時、荷札木簡から木材の産地に迫る<小人閑居日記 2018.12.15.>高級乳製品「蘇(そ)」と「白牛酪」<小人閑居日記 2018.12.22.>に書いていた。 『ライオンのおやつ』では、神さまの母乳とはいい表現、牛乳を火にかけて、2時間、3時間、ひたすらかき混ぜ続けていると、できる。 「牛より乳を出し、酪より生蘇(しょうそ)を出し、生蘇より熟蘇を出し、熟蘇より醍醐を出す、醍醐は最上なり」という言葉がある。 酪とは今でいうヨーグルト、生蘇は生クリーム、熟蘇はバターで、醍醐は五番目の最後の味、最上級のおいしいもの、仏教で最高真理の意味もあり、醍醐味という言葉も、ここから生まれた。