戦没した船と海員、商船から漁船まで2022/03/01 07:01

 2018年6月23日の「枇杷の会」鎌倉・二階堂界隈吟行で、本井英先生から秩父丸と鎌倉丸のことや、戦時中に沢山の民間船舶が徴用され多くの船員たちに戦没者を出したことをお聞きしたのをきっかけにして、2019年にかけてのこの日記に下記を書いた。

秩父丸と鎌倉丸、日本郵船とソフトバンクの「二引」<小人閑居日記 2018.6.30.>
戦没した船と海員、商船から漁船まで<小人閑居日記 2018.7.8.>
両陛下、天覧相撲の翌日、「戦没船員の碑」へ<小人閑居日記 2019.2.18.>
<戦日に逝きし船人を悼む碑の彼方に見ゆる海平らけし><小人閑居日記 2019.2.19.>

昭和16(1941)年12月に太平洋戦争が始まった時、日本は総トン数、百トン以上の商船を2,445隻、639万総トンも保有していて、当時イギリス、アメリカに次いで世界第三位だった。 しかし、3年9か月にわたる戦争が終わった時、日本商船隊は2,568隻、843万総トンの商船を失い、終戦時に残っていた商船はわずかに1,217隻、134万総トンに激減、しかもその中で運航可能な船はわずか80万総トンに過ぎなかったという。 戦時中、船舶の大消耗を補うため、1,340隻、338万総トンの膨大な「戦時標準設計型船」が急ぎ建造された。 資材を節約した、極端な簡易構造の粗悪船でしかなく、その大半も戦禍に遭って沈んでしまった。 この戦争で日本商船隊の運航を支えた乗組員の数は7万1千人とされているが、そのほぼ半数にあたる3万5千人以上(一説に4万6千人とも)が亡くなり、犠牲率は50%近くに達している。 この数字は、太平洋戦争中の日本陸海軍全将兵の犠牲率19%(参加将兵数986万人、犠牲者87万人)と比較した場合、商船乗組員がいかに凄まじい犠牲を強いられたかが分かる、という。(原出所:大内建二著『輸送船入門』光文社NF文庫)

 「日本殉職船員顕彰会」が調査した戦没船員数は、60,609人となっている。 所属は、陸軍、海軍の徴用船、船舶運営会(海運統制組織)である。 船員の消耗率は43%で、14歳から20歳未満の犠牲者数は19,048人、31.43%と極めて高い。 商船ばかりでなく、漁船や機帆船が徴用されており、4,000隻を上回る漁船や機帆船が太平洋戦争によって喪失した勘定になるという。

「太平洋戦争とは輸送の戦い〝補給戦〟だった」2022/03/02 06:58

 半藤一利さんが、2012(平成24)年になさった「リーダーシップ論」(この日記の2021年2月19日~22日に書いた)という講演の最後で、太平洋戦争について質問しているのがあった。 その問いと答の一部をあげておく(2月22日分から)。
(2)太平洋戦争の戦闘員の戦死者は、陸軍165万人、海軍47万人とされる。
このうち広義の飢餓による死者の比率は?(1965年3月厚生省調査)
a. 10% b. 40% c. 70%
 答は70%。日本軍がいかに兵站を無視して、無茶なことをやったか。2004年現在の調査で、陸海軍合わせて戦死者240万人になっている。
(3)同じくこのうち海軍の海没者数は18万人、陸軍は?
a. 2万人 b. 18万人 c. 40万人
 答は陸軍も18万人。 海没とは、輸送船で運ばれていて敵の潜水艦に撃沈され何もしない内に船の中で戦死しなければならなかった、文字通り「水漬く屍」。 他に徴用された船員が6万人、亡くなっている。

「餓死・飢餓による戦死」「海没」。 太平洋戦争敗戦の大きな原因は、日本軍が兵站・ロジスティックスを尊重しなかったことにあるということは認識していた。 だが、日清戦争前から、海軍の拒否で陸軍は兵士の海上輸送を自前で賄うしかなかった、ということは知らなかった。 輸送と補給は軍事の要諦だが、日本は軽視したまま破局に向かった。

それを知ったのは、昨年12月14日の朝日新聞朝刊、堀川恵子さんが『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(講談社)で第48回大佛次郎賞を受賞したという記事だった。 選考委員の一人、田中優子さんは選評に、この本からこう引用している。 「太平洋戦争とは輸送船攻撃の指令から始まり、輸送基地たる広島への原子爆弾投下で終わりを告げる、まさに輸送の戦い〝補給戦〟だった。」

堀川恵子著『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』2022/03/03 07:09

 戦没した船と海員や、日本軍の兵站・ロジスティックスの問題に関心のあった私は、昨年8月28日の朝日新聞朝刊読書欄の「著者に会いたい」で、ノンフィクション作家堀川恵子さん(51)と、その著書『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』(講談社)のことを読んだ。

 見出しは、「発掘した史実が語る重さ」。 福田宏樹記者は、「読ませる技術もさることながら、一行一行を膨大な文献の渉猟と綿密な取材が支えている」と始める。 広島市の宇品には、かつて「暁部隊」と呼ばれた陸軍船舶司令部が置かれ、軍事の要諦である兵站を担っていた。 旧日本軍最大の輸送基地・宇品には、この国の過去と未来が凝縮されていた。 堀川恵子さんは、知られざる史料を発掘して、海軍でなく陸軍が船舶輸送を担う意外な経緯を、本書で詳しく記述したという。

 「船舶の神」田尻昌次司令官や技師の市原健蔵ら魅力的な人物の群像劇が周到にして生き生きと描かれる。 戦時、日本は「ナントカナル」で突き進んだ。 輸送の死活的重要性を熟知し、先を危ぶむ田尻の声は届かず、直言すれば待っていたのは更迭である。 耳に心地よい情報が上に集まり、さしたる吟味もなく判断が下され、あげく国は破滅に向かう。 昔の話と思えないのは、臨場感あふれる筆致のせいばかりではない、と福田宏樹記者は書く。

 宇品の主要任務は特攻に転じた。 「小さなベニヤ板の特攻艇で出撃した」若者たち。 その特攻艇のことは、当日記にも、「三浦半島」の海軍水上特攻隊基地<小人閑居日記 2021.1.11>、城山三郎さんと水中特攻部隊「伏龍」<小人閑居日記 2021.1.12>で書いた。

 初の原爆はなぜ広島に投下されたか。 その疑問に始まる物語は巻を措く能わずであると同時に、読後に残されるものがあまりに重い、という。 私は、この記事を切り抜いてはいたが、本を手に取るまでは行かなかった。

国や組織が誤った方向に動き出した時、個人は?2022/03/04 07:08

 そして12月14日、堀川恵子さんの『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』の大佛次郎賞受賞の記事(これも福田宏樹記者)に接したのだ。 見出しは、「「輸送」軽視した戦争 掘り起こす」「膨大な手記 浮かぶ「組織と個人」」。  物語を根底で支えた一つが、田尻昌次司令官の残した未発表の膨大な手記で、破滅への道がデータと共に刻まれていた。 多くの関係史料を読み込み、船舶免許まで取る徹底した取材で成った本書は、田尻ら現場をよく知る者をよそに「ナントカナル」で突き進んだ無謀な戦争だったことを具体的に明かしている、という。

 堀川さんが見つけて震えたという田尻の意見具申の文書には、上層部に船舶輸送の危機的状況を伝え、このままでは立ちゆかなくなると警鐘を鳴らしていた。 田尻は更迭された。 「大きな集団が誤った方向に一斉に動き出した時、現場の人間はどう振る舞うか。どう立ち向かうのか、立ち向かわないのか。旧軍に限らない話だと思います。」

 イデオロギーによらず、史実を発掘して吟味し、歴史と人間に誠実に向き合うことを自身に課して取材に走る。 4年前に亡くなった元NHKプロデューサーの夫、林新(あらた)さんの教えでもあった。

 礼賛にも批判にも傾かない筆致から浮かんで来るのは、国家と個人、組織と個人という普遍的な問題である。

国家のリスク対応、先送りのツケは国民に回る2022/03/05 07:12

 堀川恵子さんの『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』がどんな本か、大佛次郎賞の選考委員5氏の選評から、分かることがある。

元朝日新聞主筆の船橋洋一さん、「開国以降、島国日本の安全保障の最も弱い環(わ)は船舶輸送であり続けた。明治の将軍は、寺内正毅も上原勇作もそれを痛いほど知っていた。しかし、昭和の将軍はこの死活的なロジスティクスを軽視し、机上の作戦に夢中になった。太平洋戦争では民間の船と船員を徴用してやりくりする船舶輸送が日本軍のアキレス腱となった。対米戦争となれば船舶と船員の高い損耗率は避けられない。その「不都合な真実」を認めると対米戦争ができなくなる、組織防衛上もそれは言えない、そうした卑怯な精神論と保身が軍上層部を支配した。/国家がリスクを正視せず、対応を先送りするとき、そのツケは国民に回る。福島原発事故やコロナ危機でもあぶり出された日本のロジスティクスの「失敗の本質」を、宇品という陸軍船舶司令部の歴史を蘇らせることで鮮やかに抉(えぐ)り出した。」

 法政大学前総長の田中優子さん、「アメリカの作戦は日露戦争の直後から、日本の海上封鎖を行なって資源を断つ兵糧攻めを基本とした。しかし兵糧攻めをしなくとも、日本の軍隊は兵站を軽視し、データを無視し、海上輸送力をあえて誤算して自滅していく。/藩閥や陸海軍の対立からくる国内の権力闘争こそがまずは「戦争する」ことを何より優先する姿勢をつくったのではないか。/改めて先の戦争の悲惨なありように考えを巡らせることができた。」

 ノンフィクション作家の後藤正治さん、「主舞台は、陸軍の輸送と兵站を担う宇品の船舶基地。「暁部隊」とも呼ばれた。明治から昭和の大戦まで、兵士たちはこの地から大陸へ、南方へと向かった。主人公格に二人の司令官が登場する。/一人は基地の近代化や中国戦線での上陸作戦に手腕を発揮するが、理系的な思考の持ち主で、この程度の船舶力で南進などできるわけがないと具申し、開戦前に「罷免」される。/もう一人は原爆投下時の司令官で、迅速に全部隊を動員、市内を走る河川を使っての救援活動を展開する。」

 作家の辻原登さん、「前半に田尻昌次中将、後半に佐伯文郎(ぶんろう)中将という二人の高潔な軍人を据え、彼らの勇気と英知と懊悩を、自叙伝、証言、日記から的確に再現する筆致に舌を巻く。船舶技師市原健蔵、船舶参謀篠原優(篠原は、小説の主人公のように節目節目に内面を吐露する)という脇役への配慮も見逃せない。/しかし、やはり人物より「宇品」というトポスだ。宇品とガダルカナルを結ぶ余りにも悲惨な時間と空間。」

 文芸評論家の斎藤美奈子さん、「堀川恵子さんには、エンターテインメント作家としての才能がじつはあるんじゃないかと思う。もちろん膨大な資料の探索と丹念な取材の裏付けがあっての話だけれども、どんな素材も見事に料理し、ドラマチックな物語に仕上げてしまう。/自前の船を持たず、民間のチャーター船で兵站を担っていたという恐るべき陸軍の実態。現場を知らない中枢部に苛立ちながらも従わざるを得ない船舶司令部。ことに田尻昌次と佐伯文郎、自身の判断と命令の板挟みになる二人の司令官の懊悩は良質な戦争映画を観るようだ。」