財閥解体、エノレア・ハドレーと野田岩次郎2022/03/23 07:06

さて、江上剛さんの『創世(はじまり)の日』だが、エノレア・M・ハドレーというGHQ民生局の実在の職員を登場させる。 財閥解体に中心的役割を果たして「財閥解体の美女」と呼ばれた経済学者で、日本に二年間の留学経験もあった。 財閥解体の話をしに花浦久兵衛のところにやってきて、率直な物言いをする青い目の綾乃の父親がアメリカ人だと聞き、久兵衛から探しだして欲しいという依頼を受けて、やがて、国務省にいたその父親ジョン・クルムスを連れて来ることになる。

野田岩次郎も実名で登場する。 GHQ傘下の持株整理委員会で常務委員・委員長として財閥解体に当たり、のちにホテルオークラの立ち上げに参加した人物だ。 花浦久兵衛は執事の伊地知に、「彼女(ハドレー)はGHQでも力を持っているようだ。GHQ内部では保守派と彼女らの革新派との対立があるようだが、花浦など財閥に関しては相当厳しい処分になるだろう。野田たちの持株整理委員会と揉めていると聞いている。野田たちのやり方が甘いというのだろう」、「教条主義的に経済の民主化を叫ぶ女性だとハドレーのことは野田から聞いていた」と言う。

執事・伊地知の回想、「花浦本社の資本金は二億五千万円であり、そのうちの約半分を花浦一族が所有していた。土地、建物は数十万坪。簿価は大したことがなかったようだが、時価に直すと相当な価値になるだろう。/たとえGHQ傘下の持株整理委員会の命令であってもこれだけの資産だ。没収されるのに抵抗したり、隠匿したりするのが当然と思われるが、久兵衛様は吹っ切れたように何もかも全て拠出した。一族の他の者たちにも見苦しい真似をさせなかった。鮮やかと言ってもよい。/野田様は、久兵衛様の潔さに感動されたのか、他の隠し財産があるのではないか、捜索し、摘発せよという他の委員やGHQの声を無視されたという。委員会は摘発機関ではないと反論されたようだ。」

 「お前に何も残してやれそうにない。すまない……」という久兵衛に、綾乃は言う、「この世のことは皆、空(くう)であるってお父様が教えてくださったことがあります。空であるならまた違う夢を見ることもできると思います。綾乃は大丈夫です」