千暁(かずあき)と「おてんば」鈴音2022/07/04 06:58

 千暁(かずあき)は小4の時、洪水に遭って、母方の祖父母の住む、このいなか町に越してきた。 おそるおそる近所を歩いていて、自転車を投げ出し、あおむけの大の字になって寝転がっている、鈴音と出っくわした。 真っ黒に日焼けして、ショートカットに妖怪キャラのTシャツ短パンで、男子だと思ったのは秘密だけれど。 千暁は、家が近かった「野生の」「野良」鈴音に、半ば強引に巻き込まれるように、虫取り、川でハヤやサワガニ取り、おいしいルビーのような実のありかを教えてもらったり、「こちら」の子どもの遊び方を伝授してもらった。

 中学校帰りの夕方、千暁が自転車で坂道のカーブを下ると、鈴音が横倒しの自転車のそばに転がって、「もういやだ――――!!! コロナふざけんな―!」「もう最悪だよ。超最悪! 総体なくなったし! 暑いし! パンクするし」。 千暁は鈴音の自転車を自転車屋に運んで、自分の自転車に乗って行って家の前に置いておくように鈴音に言う。 鈴音は、不本意ながら自転車パンクで千暁に助けられ、なんであいつはマンガに出てきそうなヘタレひょろ眼鏡のくせに、いっつも不似合いなイケメン行動をするんだろう、ちょっとはわきまえろよ、と思う。

 翌日の教室、「はよー」と文菜、鈴音は「よっす」と返す。 千暁に「きのうはあざっす」。 これは、ありがとうございます、らしい。 中学生言葉か、「陰キャ」「コミュ力」「非モテ」「対人ハイスペ」などは、前後の関係から何となくわかる。 会話は、方言ではない。 ただ、千暁が「おせらしくなった?」という両親の会話があり(264頁)、「おせらしくなる」は、こちらの方言で、大人っぽくなるという意味だ、とある。

 美術部顧問の泉仙(いずみせん)先生は女性、独特のキャラクターだ。 「生徒を教え導く一般的な教師像」とはほど遠い、行動原理のよくわからない自由さがあり、つかみどころがないけれど、ときおり千暁にする絵のアドバイスや見立ては確かで、実はすごい画家らしいって話も、ただの噂じゃないらしい。 市郡展の特選は、1年は透明水彩、2年はアクリルガッシュだったが、泉仙先生に相談すると、ホルベインのオイルパステル百色の木箱を、目の前にどん、と置いた。

 千暁は50号のパネルにオイルパステルで、スポーツする仲間たちを色鮮やかに描き始めた。 だが、泉仙先生は構成も、色彩感覚、バランス、デザイン性も特選レベルだけれど、君はこの絵を描いていて楽しかったか? あるいは苦しかったか? と聞き、杞憂だったらいいんだ、と謎の言葉を残した。

美術の授業が「墨絵」だった鈴音が、筆を洗いに行って、たまたま千暁の躍動感あふれる色鮮やかな絵に、見とれてしまう。 次の数学、教室移動だよの声に慌て、うっかりパレットの上にはさんだ筆から、墨汁が飛んだ。 「べちょ」、ああ、千暁の絵を汚してしまった。

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