夜ふけのベルリンの裏通り、暗く澱んだ気配 ― 2022/07/24 07:06
ベルリンは第二次世界大戦末期にソ連軍に占領され、戦後は連合国の管理下に置かれ、米ソ英仏の4か国に分割統治されていた。 1948年以後東西に分裂、東ベルリンは東ドイツの首都となって、1961年には「ベルリンの壁」も築かれた。 1990年東西ドイツ統一により再びドイツの首都となった。
北杜夫の「星のない街路」は、ひどく陰気な、じめじめした天候が続く、11月のベルリンの話だが、4か国に分割統治されていた頃で、この都市は東独にあり、西ベルリンに入るには空路よりなかった。 しかし東ベルリンと西ベルリンの往来はかなり自由だった。 爆撃の跡がまだあちこちに目についた。
間宮はとうに30歳を越していたが独身だった。 何年かまえに生れて初めて遅い恋をしたが、いろいろな事情でその女とは一緒になることはできなかった。 伝(つて)があったのを幸い、学問をするために、急に英国に、更にドイツに来るようになった。
曇天だけが定められるように続くベルリンの夜には、もとより星も月もみられなかった。 そうした夜の街を、間宮は索漠として気持で通っていったが、途中ひっかけた幾杯かのビールにも心のしこりは増すばかりだ。 もう11時に近い時刻なのに、少し先を一人の若い女が歩いている。 茶色のながい髪が肩のあたりに流れている。 まだ17、8ぐらいの年齢だろう。 「失礼ですが、お嬢さん、お茶でもいかがですか」と、声をかけた。 自分でもどうしてそんな気になったのかわからなかった。 おそらくこの夜ふけのベルリンの裏通りの、暗く澱んだ気配に堪えがたかったためかも知れない。
バーにはいった。 煙草の煙が濛々(もうもう)とたちこめ、かなり喧噪を極めている。 スタンドはアメリカ兵が占めていて、適当な席がないので、米兵と女がふざけあっているテーブルの向い側に坐った。 娘はうつむいているものの、それほど困惑した様子を見せなかった。 自分にはビールを、娘にはコカコーラをとった。 ぽつぽつと彼女が話すのを訊くと、彼女は東ベルリンからの逃亡者で、いま郊外にある収容所にはいっている、実は10ペニヒもなくて帰ろうにもバスにも乗れなかった。 街へは職を求めにきたのだが、どこへ行っても断られたという。
間宮はボンで、『星のない空』という評判の映画を見ていた。 西独の警官が東独に住む娘に恋をする。 彼はなんとかして彼女を西独に連れてこようと思っている。 一方、その娘にドイツ語を習ったソ連兵が同情して、娘が西独に行けるように手続きをとってやる。 そんなことを知らぬ警官は越境してきて娘を誘いだして逃げようとする。 ようやく証明書を手に入れたソ連兵は驚いて、娘の名を連呼しながら追いかける。 西独の警官は自分が追われるものと思い込んでソ連兵を射ってしまう。 二人は必死に逃げる。 音響弾が打ちあげられ、シェパードをつれた追手たちがあとを追う。 ついに国境のところで警官は射たれ、娘も西独側から射たれて相ついで死ぬ。 間宮は、暗い夜空にこだまする犬の遠吠えが、長いこと耳にこびりついて離れなかった。
間宮と若い娘は、どうなるのか。 つづきは、また明日。
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