学習院の古典落語研究会と落研創設2022/08/27 07:10

    学習院の古典落語研究会と落研創設<小人閑居日記 2014.4.10.>

 津村節子さんは、「早稲田大学の学生がこの催しを聞きつけて取材に来た。大学の落研(おちけん)の始まりは、吉村が『赤繪』を活版にするための資金集めだったのである」と、書いている。

今年の1月、私は小沢昭一さんのことにふれて、永六輔さんが追悼文に次のように書いていたのを21日の日記で紹介した。 「永六輔さんは、早稲田高校の2年か3年の時、早稲田大学の大隈講堂の下の小講堂で、落語研究会が開かれているのを見て、小沢さんに挨拶したのが初対面だったという。 小沢さんは早稲田落研の創設者の一人だった。 永さんは、その後全国の大学に落研ができ、現在の若い噺家の大半はその出身者だから、小沢さんは落語という芸をつないで発展させるきっかけもつくっていたのだ、と言っている。」

 小沢さんが、早稲田大学で落研を創設したのは、何年のことだろう。 小沢さんは、旧制麻布中学でも同級だった加藤武、大西信行さんらと、日本で初めて学校での落語研究会を創設したといわれている。 名称は「寄席文化研究会」としたかったが、大学に認めてもらえず「庶民文化研究会」とした。 小沢さんも、加藤武さん、大西信行さんも、1929(昭和4)年生れで、小沢さんの早稲田大学文学部仏文科卒業は1952(昭和27)年のようだ。 吉村昭さんは、1927(昭和2)年生れだが、結核の闘病期間があり、学習院の古典落語研究会は1951(昭和26)年かと思われる。 この催しを聞きつけて、取材に来た早稲田大学の学生は、小沢昭一さんたちだったかもしれない。 早稲田落研で検索すると1947(昭和22)年創設、東大落研で検索すると1950(昭和25)年創設、とあるのだけれど…。

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