隅田川馬石の「お富与三郎 発端」後半2023/01/04 07:20

 秋深くなって、与三郎はようやく、大番頭の善右衛門に話をした。 ごろつきは、つけこんでくる、私が掛け合いましょう、三十両で、書付に判を捺させる。 ところが、仙太郎は顔を出さない。

 冬になり、風邪を引いた与三郎、薬研堀の薬湯へ行く。 物陰に頬っかぶりの男、もし若旦那、と仙太郎。 江戸っ子にしては長湯だね、無心に参りました。 一人のお袋がいて耄碌し、かかあが病んでいる、四つのガキがハシカで、十一のは奉公から戻される。 貧乏神にとっつかれてる、これっきりで百両恵んでやっておくんなさい。 三月から、いくらになったと思ってんだ、四、五十両だ、三十両にしておくれ。 それでいけなかったら、好きなようにしておくれ。 ああ、勝手にしようじゃないか。 あっちは小伝馬町で顔が利く、三月五日の神田川の一件を番所に訴え出れば、逃れられないのがお前さんの名前、次は牢の中で会おうじゃないか。

 二人がもめているのを見て、二、三人が立ち止まり、人だかりがしてくる。 四十五、六の浪人風の男、湯の帰りとみえて、浅葱の手拭を下げている。 あっ、先生、と与三郎。 もし、そこのお方、私の家まで来て下さい、これは大事な地主の倅。 百両の金が出る、金ずくには驚かない。 ご同道を。

 関良介、十年前は川越の藩士、伊豆屋の店内(たなうち)で、手習いの師匠をして、清貧を楽しむ。 込み入った話がある、お前は湯へ、と妻に。 三月五日の一件から話す。 仙太郎、よい種をみつけたのう。 罪にはならぬ。 百両で二度とねだりには参りません。 百両、私が立て替えよう。 与三郎さんは、家に帰るがよいか 誰にも言いなさんな、明朝、私が参って話をする。

 少し蓄えた金がある、百両やる。 その金は、今ここにはない、さる所に預けてある。 仙太郎、今夜はここで寝てくれ、明朝早く参ろう、飯田町だ。 駄目だ、これから行きましょう。

 今夜は寒くてならぬ、支度をして出かけるとするか。 油紙に包んだ刀を取り出し、羅紗の合羽を着て、小田原提灯を下げる。 紺屋町から、護持院が原にかかる頃には雪になり、一面の銀世界になった。 先生、蝋燭の替えはありませんか。 持って来てない。 それも、もう用がなかろう、雪明りで十分、お堀端を九段にかかる。 近々上野にも店を出すという大きな酒屋、七、八百両は売るという。 この世の名残に存分に見ておけ、仙太郎。 はなから、斬るつもりか。 お前のような悪党、成敗してくれる。 お堀の中へ、ドブーーン。 刀に水をかけて戻る。

 明くる朝。 与三郎の父、伊豆屋喜兵衛は大層驚く。 人殺しの罪、降って湧いた災難だ。 関良介は、十年以前朋友を斬った刀、悪党一人斬ったところで、何ということはない。 与三郎さんは、田舎の親類にお預けになったほうがいい。 礼などされては困る、江戸出府以来の、万分の一の恩返しだ、ご免。 花は桜木、人は武士。 与三郎を、木更津の叔父・藍屋吉右衛門に預けようということになる。 与三郎の生涯を狂わす、「お富与三郎」の発端で。

(私は2003(平成15)年4月29日の第419回落語研究会で、師匠五街道雲助の「お富與三郎・発端」を仲入後一人の長講で聴いていて、こう書いていた。「吉原からの朝帰り猪牙舟に乗っての大川で事件は起こる、大店(だな)のベッコウ問屋の若旦那がたいへんな男前で、その美貌が悲劇の発端になるという話。 あんまりマズイ顔でもどうしようもないので、今日のお客様ぐらいがちょうどよい、とのこと。 玄冶店の発端はこういう話だったのかと、勉強になる。 が、勉強は退屈という先入観通りか、つい寝ている人も多かった。」)