名和未知男句集『妻』<等々力短信 第1165号 2023(令和5).3.25.>2023/03/20 07:14

  名和未知男句集『妻』<等々力短信 第1165号 2023(令和5).3.25.>

 「草の花」主宰の名和未知男さんから第五句集『妻』を頂いた。 藤田あけ烏師が平成16(2004)年に逝去、名和さんが主宰を引き継いだ「草の花」は平成5(1993)年の創刊だから、今年30周年を迎える。 『妻』には、師の忌を詠んだ<浅茅生の野に日は落ちて赤松忌>がある。 この句集、勉強になることばかりなのだが、まず枕詞。

「浅茅生(あさぢふ)」は、チガヤのまばらに生えた所、転じて、荒れはてた野原だというが、「をの(小野)」にかかる枕詞なのだそうだ。 <しなざかる越にねまりて雪に恋ふ>の「しなざかる」、「しな」は坂の意、京から多くの坂を越えていくからというので、国名の「越」にかかる枕詞だという。 「ねまりて」は寝て、だろうか。

 「忌日」の句も多彩で、文化史の感がある。 忌は、季と密接に結びついている。 <わが家にも白梅のあり蕪村の忌>、<円位忌を過ぎて十日の花の風>「円位」は西行、<虚子忌なり一句を得たる甘茶寺>、<サンテグジュペリ逝きにし日なり星涼し>、<万緑のその墓訪はん草田男忌>、<太宰忌や茅花流しの道を行き>、<夕立雲を鳥帰り行くゴッホの忌>、<賢治忌や秋雨に黒き岩手山>、<災害の多き年暮れ寅彦忌>。

 知らない言葉も、いろいろあった。 <八月大名二上山の見ゆる里>「八月大名」、農家の八月はあまり労働を必要としない気楽な月、<卵塔をかまきり登り枯れ初むる>「卵塔」、六角か八角の台座に卵形の塔身を載せた石塔、主に禅僧の墓、<いすの木の虫癭青き青葉風>「いすの木」、マンサク科イスノキ属の常緑高木、「虫癭(ちゅうえい)」、昆虫やダニが植物に産卵・寄生して分泌物を出した結果、異常発育してできたコブ、<月の出をひょんの笛吹き待ちゐたる>「ひょん(瓢)の笛」、イスノキ(別名ヒョンノキ)の虫癭の虫が出たあと空洞となった部分に口を当てて吹くとよく鳴る。

 <残雪や京は花脊のふるまひ茶>に始まり、地名や山の名、鉄道の線名も、豊富だ。 奥醍醐、荒砥、小縣郡(ちいさがたぐん)、塩田平、横川、阿騎野、白神、飛島、尾鈴嶺、八海山、安達太良山、弥彦山、恵那山、木次(きすき)線、三江線、只見線。

 令和3年9月27日、前日までお元気で、家族と墓参に行き会食もした奥様が突然、亡くなった。 朝、雨戸を開ける音がして、10分後、名和さんが一階に降りると、鏡台の前に倒れていたという、「胸部大動脈解離」。 <妻逝きぬ二十日の月の朝かげに><永訣のその朝咲きぬほととぎす><作り置きの最後の料理ちちろ鳴く><妻あらばと呟きゐたる更衣><裏庭に妻ゐる筈と露を踏む><秋風の強くな吹きそ独り身に>。

62年8か月共に暮らしながら、感謝の言葉も別れの言葉も告げられなかった、心の重荷を踏まえて、この句集のタイトルを『妻』となさったそうだ。

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