中学卒業まで戦争の時代、敗戦で「生きる」を意識2023/03/27 07:04

 松居直さんは、京都府立二中に入ったが、面白い先生がたくさんいたという。 英語の先生は、副読本で『ロビンソン・クルーソー』を読むのだが、脱線ばかり、ものすごい読書家で、その本の話から柿のむき方に始まって高浜虚子まで、あらゆる雑談をした。 日本史の井上頼寿先生も脱線ばかり、民俗学者でもあり、実際に近畿一円の村々や町を歩き回っていて、先生指導の「史学会」というクラブに入って、週末には民俗学のフィールドワークについて行っていた。 峠にお地蔵さんが置いてあるのはなぜかも教わった。 山を歩いていると疲労からだんだん意識がおかしくなってくる、とくに真っ暗な夜などは、余計に自分というものを失っていく。 そういう時に、峠のてっぺんでお地蔵さんを目にすると、そこで自分を取り戻す。 人の気配を感じることで意識を取り戻して、また山を越えていく、昔の人の知恵だ、と。

 5歳で満州事変が起き、中学卒業までずっと戦争の時代だった。 中学五年生で、西宮の川西航空機工場に勤労動員され、紫電改という海軍の戦闘機の部品を作っていた。 一番上の兄は大阪帝国大学の医学部を出て、海軍に入り潜水艦の軍医長になっていた。 潜水艦の修理で一時帰宅して、二人でこたつに入っていると、突然「日本は負けるよ」と言った。 その後、潜水艦に戻って、太平洋のどこかで沈んだ。 二番目の兄も、戦死した。 敗戦になって、死ななくてもよくなった、ということを強く感じ、「生きる」ということを、「生きるということはどういうことか」を、ものすごく意識するようになった。

 8月15日から3日後ぐらいの夜、散歩に出てみたら、行きつけの古本屋に灯りがこうこうとついていた。 「戦争が終わったんだ」と、強く思った。 びっくりして店に入って棚を見ると、戦争中には言論統制で影も形もなかったような本も、ずらっと並んでいた。 その中に、中央公論社から出ていた『大トルストイ全集』が22巻揃いであった。 飛んで帰って、父に「あれほしい!」と叫び、父も本好きだったので、翌日二人で買いに行った。 その晩から読んだのが、『戦争と平和』だった。 『戦争と平和』には、いろんな死に方、いろんな生き方が見事に書いてあった。