ある絵本の話(等々力短信 第411号)2023/04/21 07:02

 18日に発信した、絵本が生まれるとき<等々力短信 第1166号 2023(令和5).4.25.>に、「末盛千枝子さんの短信初登場は、昭和61(1986)年12月、411号「ある絵本の話」、412号「電話番号」、413号「どうにか様」」と書いた。 末盛千枝子さんについては、「等々力短信」や「小人閑居日記」にたびたび書かせてもらっているが、まず、その初登場から紹介したい。

      ある絵本の話<等々力短信 第411号1986(昭和61).12.5.>

 この夏の初めのことである。 本の用事で神田に出かけたついでに、三省堂をのぞいてみた。 絵本の売り場で、なにげなく手にした一冊が、とても気に入った。 つい仏心が出て、家内のおみやげにしたほど、ひとの心に温かいものを通わせる本だった。 絵もいいが、なによりも色がいい。 簡単な詩のような文章がついているが、それがなにやら、奥深いものを感じさせる。 本の造りや、色にも、細かい神経が行き届いていた。

 それは、M・B・ゴフスタイン作・絵、谷川俊太郎訳の『画家・AN ARTIST』という本で、ジー・シー・プレスという会社から出ている。 奥付の上に、SUEMORI CHIEKO BOOKSという木のマークがあった。 本の中にはさんであった「まだ、絵本は子どもだけのものと、お思いですか?」というパンフレットによれば、末盛千枝子さんは、ブック・アンド・ブックスというシリーズの絵本を出していて、最初の六冊のうち『あさ・One morning』が、今年度のボローニャ国際児童図書賞のグラフィック大賞を受賞したという。 『画家』は、それにつぐ二期目の本の、一冊らしい。

 末盛、絵本、大賞とたどっていくうちに、おぼろげに、一つの話を思い出した。 新聞か雑誌で読んだことがあった。 NHKのディレクターに末盛憲彦さんという人がいた。 あの「夢であいましょう」という番組の演出を担当して、テレビのバラエティー・ショーに新分野を開いたほか、「ステージ101」「ビッグショウ」「テレビファソラシド」などのユニークなショー番組を作った。 「夢あい」などは、私の青春(?)の思い出に重なり、「変な外人」「けっこうなチャキリス」などのギャグは、今だに口をついて出る。 末盛憲彦さんは、三年前の夏、突然に亡くなった。 二人の幼い男の子を残して……。 千枝子さんは、末盛さんの奥さんである。 そして、絵本を作る仕事を始めた。

 最初の六冊の中に、末盛千枝子作、津尾美智子絵『パパにはともだちがたくさんいた』という素敵な本がある。 「Nのために」という献辞のあるこの本は、「なつのあさ とつぜん/パパが 死んだ/ぼくたちの パパなのに 死んだんだよ」で、始まる。 二人の子供は、テレビ局のホールに出かけ、たくさんのパパの友達に会う。 おじさんの一人が教えてくれた「パパのしごとは/いろんな人を よろこばせたって/そして ぼくたちは/パパの たからものだって」。 私も同感だよ、坊やたち。