柳家蝠丸の「江ノ島の風」 ― 2023/07/03 07:06
この会には、噺に詳しいマニアの方も大勢いらっしゃる。 珍しい噺をという注文で、とびっきり珍しい噺を探した。 大体そういう噺は、面白くない。 その噺を、これからやります。 桂藤兵衛師匠から教わった。 落語研究会でも、一ぺんも出ていないという。 私も、普段はやっていない。 本番の前、生き物の前でやる。 寄席でやった。 前座がネタ帳に書き様がない。 最近は、みなスマホで探す。 芸協で、今は立派な真打、イケメンで女性にも人気のある若手、前座時分、ネタ帳に間違いを書く。 名前は言わないけれど。 私は、その間違いを探すのが楽しみで、見つけるとワクワクする。 期待を裏切らない。 小遊三師匠が「引っ越しの夢」をかけた、大店にきれいな女中さんが住み込む噺、「夜這いは楽し」と書いた。 こちらの方が、わかりやすい。 さる師匠が「素人鰻」をやったら、「素人落語」と。 高座を聴いてないので、その出来はわからないけれど。 講談の神田鯉里先生、気遣いの人で、忠臣蔵をやって「松の廊下」と書いて下さい、と指示した。 チラリと見たら、「松の老化」、情けない忠臣蔵だ、それでも立派に真打に昇進した。
真夏日限定の噺。 昔の殿様は贅沢だった。 その殿様が根岸の寮にいらっしゃるというので、旦那の薩摩屋芋右衛門が番頭に、お殿様がひんやりと涼しくなるような趣向を考えるようにと、指示する。 お任せを。 真夏の炬燵に薩摩上布をかけ、ギヤマンの水桶に素足を入れるとヒンヤリする、足元に緋鯉を放つ。 色々の緋鯉が、バシャバシャと水しぶきをあげ、涼しくなる。
江ノ島の風を吹かせましょう。 どうするんだ? 江ノ島に行って、風を取って来る。 私に考えがある。 長持を二十竿用意して、朝、江ノ島の海岸で風をいっぱい入れて、蓋をして目張りをし、江戸へ運ぶ。 長持二十竿、棒を通して二人で担ぐから四十人、糊付け、目張りなど全部で百人位の人足が要る。 道中人足は腹が減るだろう、ウチは芋問屋だから、ありったけの芋をふかして、持たせてやる。 腐らないように、梅干も入れて。
海風を入れるために夜晩くに江ノ島に着く。 長持の蓋を開けて、待つ。 朝一番の爽やかな風を、サァーーッ、サァーーッと、長持に取り込み、急いで蓋をして、目張りをする。 しかし、そのまま、江戸に着いたら、面白くない。
六郷の渡しで、汗まみれになった人足の一人が、暑い、暑い、腹が減った、芋が食いたいと言い出す。 昨日から芋ばかり食っていて、時々、梅干が出てくる。 一歩歩くと、ブーーッ、二歩歩くと、ブーーッ。 暑い、暑い、ゴロン、ゴロンと、みんな寝る。 長持の中に、風は入っているのかね。 本当に入っているのか、確かめてみるか。 蓋を開けると、ビユーーーッと、風が吹き出す。 アーーッ、涼しい! 産地直送の風だ。 もう一つぐらい、いいだろう。 アーーッ、涼しい! 殿様は、喜ぶね。 蓋を開けてごらん、涼しいぞ。 暑いからな、蓋を開けるか。 と、延々と続き、二十竿の長持は、そっくり空っぽになった。 仕方ない、威勢よくしくじろう。 代わりに、風のようなものを入れておこう。 昨日から芋ばかり食ってんだ、屁を入れよう。 風には違いない。 長持に、ケツ突っ込んで、ぶっ放せ。 風の方だけだぞ。 百人が、長持にケツ突っ込んで、オナラを詰めた。 その長持を担いで、エッサッサー、エッサッサーと、江戸へ運んで来る。
お殿様は、炬燵のギヤマンの桶に素足を入れて、ご満悦。 薩摩屋、どんどん冷えてきたぞ。 お殿様、さらに取って置きの趣向が、ございます。 江ノ島の風をここに! 二十竿の長持を、ずらーーっと並べると、蓋を取る前に逃げて行く。 一斉に、蓋を開ける。 ビユーーーッと、風が吹き出し、ガス爆発のようになる。 臭い、臭い、臭い! なんじゃ、この臭いは、これが江ノ島の風か。 番頭を手討ちに致しましょう。 これこれ、番頭を𠮟るでない。 この暑さで、江ノ島の風が腐ったのであろう。
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