柳家三三の「転宅」2023/08/28 07:06

 三三は、白の着物に黒い羽織、すっきりとしている。 小三治晩年の頃に、やつれ方を少し心配したが、吹っ切れたようだ。 寄席では縁起をかついで、一番太鼓をドンドンドントコイ、金持ってどんと来い、と打ち、二番太鼓をお多福(金持)来い来い、ステツク天天、と打つ。 めくりの寄席文字も、客席を上から見て、ぎっちり詰まっているように書く。 演目も、旅の噺、化ける噺、泥棒の噺、お客様に差しさわりのないもの、泥棒は「取り込む」縁起をかつぐ。

 泥棒でもやろうかと、泥棒になった「デモ泥」がいる。 浜町の新道、粋な黒板塀に見越しの松、それらしい家、久方ぶりに来た旦那が、五十円渡して、明日商売で朝が早い、今日は帰ると。 では、四つ辻迄、お見送りを。 連れ立って出ると、さっき渡していた五十円というお足があると、泥棒に入る。 あんないい女に、あの爺イ、歯も毛もないのに、金の力だな。 お膳の上、いい料理だ、器もいい、徳ック利、酒が入っている。 いい酒だ、燗冷ましでもこれだけ旨いんだ。 まぐろ、中トロだ、ン、山葵が効いた。 ヌタだ、好きなんだ、バカ旨だ、ウンウン。

 ちょっと、やだよ、どこから上がったの。 (驚いた泥棒、ヌタで喉を詰まらせて、ようやく)静かにしろ、騒ぐと、伊達には差さない二尺八寸の段平物を振り回すぞ。 よーよー、音羽屋。 お前さん、旦那の呼んだ噺家か、幇間なんだろう、驚いたところへ、カッポレかなんか踊ろうってんだろう、このカッポレ泥棒。 俺は、本物の泥棒だ。

 お前さんに、折り入って相談がある。 私、もとはお前さんと同じ商売で。 姐さん、泥棒だったのか、道理で落ち着いていると思った。 帰った旦那と別れ話になっている。 あの旦那、商売人で話が堅い、株や商いなんかの。 さっきの五十円は手切の半金、明日の朝、あと五十円持って来る。 私にも、男の好みがある、見てくれはどうでもいい、腹の据わった男がいい、夜の夜中に他人の家に入って、喉を詰まらせながら、金を出せと言うような。 お前さん、おかみさんがいるんでしょ。 かみさんなんていねえ。 真面目一方、仕事一筋だ。 じゃあ、私のこと、女房にしておくれでないかい、いやかい。 いやじゃないよ、生涯、大事にするよ。 本当かい、嘘つきは泥棒の始まりっていうよ、もう泥棒か。

 じゃあ、固めの盃を。 格別な味だ。 夫婦(めおと)になったのに、名前を聞いてなかった、名前は? 親分はもぐら小僧の泥の助、俺は一の子分で、いたち小僧のさいご兵衛。 お前さん、高橋お伝を知ってるかい、私のおばあちゃんよ。 名門じゃないか、噺家なら三遊亭、桂で、間違っても桃月庵なんてんじゃない。 私は孫で半ぺん、じゃなくて、菊って言うの。 お菊さんか。 夫婦になったんだ、菊って呼びつけにしておくれよ。 菊! 生きてきて、よかった。

 今晩から、泊っていくよ。 旦那が焼餅焼きでね、二階の座敷に柔と剣術の先生を置いている、今、揃ってお湯へ行ってる。 見つかると、脛、腕の一本も折られる。 明日の昼時分、家の中で三味線を弾く。 三味線が聞こえたら、入ってきて。 ちょいと、お待ち。 小遣い、持ってるかい。 いい紙入れを持ってるじゃない、どこでやったの。 あら、ずいぶん入っている、十円札が八枚、あとは小銭。 十円札だけ預かっとくよ。 亭主のものは、女房のものだろ。 今晩は、仕事をしないように。 男は、雲の上を歩くような心持で帰る。

 明くる日の昼時分、やって来た男、こういうのを職場結婚ていうのかな、と。 雨戸が閉って、シーーンとしている。 焦っては駄目だ、どーんと構えないと。 親分に何て言おうか、金を盗まず、女心を盗んだ、とでも言うか。 前の煙草屋で聞いてみよう。 お向かいは、お菊の家ですよね。 お菊の家ということは、お身内の方ですか、ゆんべの話はご存知ないんで? 婆さん座布団持って来い、思い出して、笑おうじゃないか。

 泥棒が入ったんですよ、間抜けな泥棒で、ああ、腹がよじれる。 婆さんが、入れ歯を吐(ほ)き出した。 色仕掛けで丸め込んで、夫婦約束までしたってんですよ。 どこに入って来た泥棒と夫婦約束する人がいますか、あきれ返った馬鹿野郎ですよ。 前の家は平屋ですよ、二階に用心棒がいるとお菊さんがいうと、帰って行ったそうで。 昼時分、家の中で三味線を弾く約束だと、回覧板が回って、町内の節穴という節穴から、馬鹿な泥棒を覗いて待っている。 それでお菊は? 夜の明けない内に、店の人が手伝いに来て、ご転宅になりました。 あの女、いったい何者ですか? 何でも元は義太夫の師匠だったそうで…。 道理で、うまく語りやがった。