山田洋次監督の“母もの”<等々力短信 第1171号 2023(令和5).9.25.> ― 2023/09/19 07:11
山田洋次監督の“母もの”<等々力短信 第1171号 2023(令和5).9.25.>
ほぼ4年ぶりに映画館で映画を観た。 山田洋次監督の『こんにちは、母さん』だ。 隅田川沿いの下町、古びた家並みの向こうにスカイツリーがそびえる向島、主人公の福江(吉永小百合)は、足袋職人の夫が他界したあと、足袋の小売店でほそぼそと暮している。 息子の昭夫(小泉洋)は、丸の内の一流会社の人事部長なのだが、リストラや妻との離婚、大学生の娘の家出と、死ぬほどの悩みを抱えている。 久しぶりに帰った実家で、様子が違い、イキイキとしている母が、まさかの恋をしているのを知る。
2008(平成20)年『母べえ』、2015(平成27)年『母と暮せば』につづく、山田洋次監督の「母」三部作である。 松竹には小津安二郎監督に代表される「ホームドラマ」の伝統があり、山田監督は「寅さん」シリーズを始め、ずっと家族の問題を描いてきた。 寅さんは父親が芸者に生ませた子で、さくらとは異母兄妹いう設定だった。
山田洋次監督は、なぜ母を描くのか。 監督が毎月朝日新聞に連載している「山田洋次 夢をつくる」で、その秘密を知った。 監督は満州事変が始まった1931(昭和6)年の生まれ、父が満鉄(南満州鉄道)の技師だったので、2歳のときから敗戦まで満州(中国東北部)で育った。 母は、満州生まれで女学校を卒業するまで日本の土を踏んだことがなく、外国人のような開放的で華やかな雰囲気を持っていた。 日本の因習や軍人を嫌い、戦争中でもモンペをはかず、禁止されていたパーマもかけていた。
父は敗戦で失職、一家は大連から引揚げ、山口県宇部の親戚の納屋みたいな部屋を借りて暮らし始める。 父に再就職口はなく、母は借金して小さな雑貨店を開いた。 洋次さんも、空襲で破壊された工場地帯の後片付けのアルバイトなどをした。
東京の大学を受験するのも、まず汽車賃をバイトで稼ぎ、知人の所に泊めてもらう。 4年間は寮生活、授業料は生活難を訴えて免除してもらい、生活費はバイトと育英資金を充てた。 そんなある日、母から父と「離婚する」という手紙が突然来て、洋次さんは驚き、うろたえた。 そこには「好きな人ができた」と、母が追われるように家を出たいきさつが書かれていた。 行方知れずの母を4、5年かけて捜し出した。 母は再婚後、自分の将来を考え、英語の教師の資格を取ろうと40代半ばで大学に入る。
その再婚相手と死別した母を山田監督は東京に呼び寄せ、アパートを借りた。 でも母はいつまでも息子に頼ってはいけないと思ったのだろう、60代になっていたが、自分で縁談をみつけてきて「私、結婚するわ」。 母は渥美清ファン、「寅さん」を一緒に観に行った映画館で、渥美の握手と挨拶を喜んだ。 91歳まで生きた母は、最期、苦しそうな息の中で、「洋次、私は、決して後悔してないからね」と言った。
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