「ふたりのキネマ 山田洋次と吉永小百合」2023/10/01 06:35

 90作を監督した巨匠と、123本の映画で80作以上の主演をした女優。 山田洋次監督は、人としての吉永小百合を高く評価し、吉永のための映画の企画を考え続けてきた。 『母べえ』(2008(平成20)年)、『おとうと』(2010(平成22)年)、『母と暮せば』(2015(平成27)年)。 母三部作の『母べえ』と『母と暮せば』については、この日記の9月22日~25日に、『おとうと』は「等々力短信」第1027号 2011(平成23).9.25.に書いた。

 山田洋次監督は、言う。 「小百合さんと仕事をするってのは、大きな喜びだからね。あの豊かな人格に触れられるってことですよね。小百合さんは、特別なんだからねえ、感受性から思想から生き方、全てにおいてね。小百合さんはそういう位置にいる人なんじゃないかな。」

吉永小百合は、「今回の監督の思いはすごいですよ。今までと全然違う。ひとつずつ、1カット、1カット考えて、本当に鋭利なナイフで切っていくようなね。」と言い、その矛先は吉永にも向けられたと語る。

 吉永小百合にも、山田監督は厳しい。 教会で牧師(寺尾聡)の説教を聞いているシーンで、吉永に耳打ちして、はっきり聞いていると、自然にそれが出ると指摘する。 「『自然な芝居』と『リアルな芝居』は違うんだ。そういう意味で自然じゃなきゃいけませんよ。自然な芝居なら子供でもできる。子供のほうがうまい。犬や猫はもっとうまいけどな。」

 78歳での主演、セリフの覚えが悪くなったと、撮影の合間に、何度もセリフを繰り返している。 足袋用の工業用ミシンで、牧師さんに上履きをつくる大事なシーンでは、足袋職人の女性に来てもらって指導を仰ぎ、家でも目が真っ赤になるまで練習していたと、マネージャーがその女性に明かしたという。 この場面、唯一、山田洋次監督からお褒めの言葉が出た。 撮影に立ち会った指導の女性に、吉永がお礼を言うと、その人が目のあたりを拭いていた。

山田洋次監督、92歳の果たせぬ夢2023/10/02 07:01

 山田洋次監督は、撮影開始にあたって、100人を超えるスタッフに、こんな話をした。 「昔から映画に「艶(つや)」があるということが言われた。「艶」とは何か。スタッフの気持、その映画に寄せた気持が、その映画作りに皆が抱いていた喜びが、画面に不思議に出る(映る)のが映画だし、それを信じなきゃいけない。」

「映画には、魂が映る。魂があるかどうかっていうのは、いちばん大事なんじゃないかな。どんだけその作品に愛情を持っているか。どれくらいその映画を大事に思って作ったかという。それが必ずフィルムに映るんだということを信じなきゃいけない、監督ってのはね。」

 山田監督は『プロフェッショナル仕事の流儀』のカメラに向かっても、こう語った。 「映画を見終わってね、ふと観客が大笑いしても、涙を拭いてもいいんだけども、ふと元気になるっていうかな、『明日からまた俺も頑張っていこう』って思うような映画を作れば、文句ないね。さらに言えば、『ああ笑った、笑った、腹減っちゃった』、そんなふうに人を笑わせる映画を作れれば、もっともっと、夢だね、僕のね。果たせぬ夢です。」

 今年2月28日、『こんにちは、母さん』、身内の完成試写会に、風邪で欠席した山田監督の挨拶。 「映画作りは、いつでも後悔の塊のようなものです。演出はミスだらけ、演技だって完成にほど遠いことは、俳優さんご自身がいちばん感じているところだろうけど。しかし、それを超えたもの、何か願いとか祈りとか、そんな種類のことが、作品全体から匂ってきてはいないだろうか。というようなことを、僕はひそかに思っています。」

 『こんにちは、母さん』のラストで、福江の吉永小百合は、美しい笑顔で、こう言い放った。 「しょうがない、母さんの出番だね。悲しんでばかりいる場合じゃないね。」

もうちょっと勉強して、と吉永小百合2023/10/03 07:10

 渡哲也も、高倉健も、樹木希林もなくなって、ひとりぼっちになってしまった。 『こんにちは、母さん』の撮影途中まで、吉永小百合は、山田洋次監督とのこの映画を最後の作品にすることも考えていたようだ。 見学に来た犬童一心監督(天海祐希と共演した『最高の人生の見つけ方』の)にも、引退をほのめかしていた。 山田監督は、「吉永小百合、最後の映画」なんて、見たくないと言う。 「依然として、なんかこうフレッシュで、依然として美しくて、引退なんてふさわしくない。」 「同じ問題は、僕にもある。僕だってもうそろそろ引退だけど、最後の映画なんて作りたくない。作り終えて『その次作りたかったけれど、できなかった』ってことで、それでいいわけであってね。」

 テロップ…「終わりを決めるのは、自分ではない。」

 試写会を見終わった吉永小百合は、こう話した。 「私はもうちょっと、もうちょっとやらないと。うまくならなくてもいいの。もう芝居してないように見えるくらいに、透明感を持ちたいという、ちょっとまだね。もうちょっと勉強して、もうちょっと表現力、力をつけたいって、今、思ってますね。」

 9月1日の初日舞台挨拶でも、「123本でやめようと思っていた。1、2、3で外に飛び出すような数なんで、もう少しやってみようと思っています」と言った。 大泉洋も、永野芽郁も笑いながら拍手し、あの田中泯さえ大口を開けて笑っていた。

 プロフェッショナルとは? 山田洋次監督は、「息子や孫の代の人間がその仕事を見て、ああ、いい仕事をしているなと思うようなことを、俺はやらなきゃならないという良心を持っている。いいものを作りたいという思いを持っている。それがプロフェッショナルというもんじゃないの。」と。

 テロップ…「二人は祈る。この仕事が誰かの希望になればいいと。」

柳家小もんの「真田小僧」2023/10/04 07:11

 9月29日は、第663回の落語研究会だった。 国立劇場小劇場での開催も、あと一回となった。 仲秋の名月と満月が重なった、円く大きな黄色い月が皇居の森の上に出始めていた。

「真田小僧」   柳家 小もん

「さんま芝居」  雷門 小助六

「野ざらし」   入船亭 扇辰

       仲入

「開帳の雪隠」  三遊亭 萬橘

「百年目」    柳家 権太楼

 小もんは、茶の羽織に、青緑の着物。 お寺の近くの子は「御弔いごっこ」、刑務所の近くの子は「懲役ごっこ」をやる。 金ちゃん、何で着物を泥だらけに汚すの? お向かいの亀ちゃんは、ちゃんときれいなのに。 亀ちゃんは、終身懲役だから、ムシロの上に座っている。 あたいは、三月の懲役だから、モッコを担ぐんだ。 明日から、終身懲役に回してもらいな。

 金坊が火鉢の火を熾し、お父っつあんに煙草でも吸わないか、お茶でも飲まないか、という。 何でお茶だ。 お父っつあんと、茶のみ話がしたい。 子供は風の子だ、表で遊んで来い。 肩を揉んでやるよ、あたい親孝行がしたいんだ。 表へ行け。 表へ行ってくるけれど、おくれよ。 何を? お小遣い。 今朝、一銭やった、駄目だ、辛抱しろ。 じゃあ、明日の分を貸しておくれ。 明後日の分、やな明後日の分、やなやな明後日の分も。 そんなに先まで貸したら、わからなくなる。 わからなくなったら、一銭儲かる。 駄目だ。 おっ母さんに言ってくる。 おっ母さんが持ってる金は、お父っつあんが稼いだ金だ。 甘いね、奥の手がある。

 お父っつあんが留守の時来たおじさんの話をしようというと、お小遣いをくれるんだ。 話をしてみろ。 おくれよ、話をしたら一銭。 寄席や講釈場では、銭は何時払う? 先に出す。 話してみろ。 一銭ぽっちか、一銭だけしゃべる。 家の前におじさんが立っていた、白い服を着て、帽子に眼鏡をかけ、ステッキをついていた。 いますか? 今、カボチャ野郎はいない。 おっ母さんが、その人の手を取って、家に上げた。 おっ母さんは五銭くれて、表へ行って遊んで来いって、言ったんだ。 馬鹿、そういう時は、傍に居なきゃあいけない。 あたい、町内一回りして戻った。 偉いな。 いつもは開け放っている障子が閉っている。 穴を開けて、覗いた。 覗くと、お腹に力が入ってる。 一銭は、これまで、二銭もらわないと、先のことは話せない。 蒲団が敷いてあった。 座布団だろう。 寝る時の蒲団、おっ母さんは襦袢一枚で寝ている。 そのおじさんが、のしかかるようになって、あっちを触ったり、こっちを触ったりすると、おっ母さんがアーとか、イイーとか、もっと強く、とか言う。 二銭はこここまで、三銭、惜しい切れ場だ。 横丁の按摩さんが、おっ母さんの肩や腰を揉んでた。

 金坊に六銭、あげたような、取られたような。 また、やったのかい。 知恵がある、頭がいい。 悪ガキだ。 いい話を聞かせてやる。 頭がいいってのは、こういうのだ、寄席の講釈で憶えた真田三代記だ。 天正10年、天目山の戦いで武田勝頼が討ち死にした時、真田昌幸が数千で数万の軍勢に囲まれた、昌幸の倅14歳の源二郎が、敵の一方、松田尾張守の永楽通宝、六連銭の旗印を使って、大道寺駿河守勢に夜討をかけ、敵の同士討ちをさそい、真田は無事上田に逃げ帰ることが出来た。 源二郎は、のちに真田幸村となった。 真田はこれを記念して、のちに自らの家紋を二つ雁がねから、永楽通宝の六連銭にしたという。 講釈では、真田幸村は、大坂夏の陣で討死と見せかけて、薩摩に逃れたとする。

 それに比べて、金坊はどうだ。 金ちゃんは13だよ。 さなだの虫にもならない。 柱の陰で、耳がピコピコ動いてる。 金坊、聞いてやがったんだ。   お父っつあん、ごめんね。 六銭、出せ。 使っちゃった、講釈を聞いてきた、 真田三代記。 どんな話だ。 金坊が、流暢に話を復唱する。 お父っつあん、六連銭は、どう並べるの? こうだ、ヒーフーミーヨーイツムー。 あたいも並べていい、ヒーフーミーヨーイツムーか(と、かっさらう)。 どうもありがとう。 どこへ行く。 今度は、焼き芋を買って食うんだ。 うちの真田も薩摩に落ちたか。

雷門小助六の「さんま芝居」2023/10/05 07:02

 小助六は、黒い羽織に、薄紫の着物。 旅に出るが、土地土地でいろいろだ。 秋田の小学校で学校寄席、女の子が花束、男の子がお菓子をくれた。 さらに、小さな女の子が一升瓶をくれ、「とても口当たりがいいんです」と、言った。

 東海道を旅すると、小田原では蒲鉾が出る。 奥州だと、秋刀魚が出る。 大根おろしがつくのは、秋刀魚の脂を中和して、中(あた)らないからだという。 大根おろしで中らないことから、当らない役者を、大根役者という。

 江戸からの旅の二人連れ。 兄貴、毎日秋刀魚を食うが、この宿は大根おろしが旨い。 気のせいだろう。 外の人通りは、村の鎮守のお祭りに、江戸から化け物芝居が来たからだそうだ。 見に行ってみるか。 市川団十郎の弟子で市川怨霊と中村無念蔵が来ている。 坊さんに化けてる。 「鍋島の猫騒動」だ。 猫が人間に化けた。 エー、おせんにキャラメル、エー、小田原提灯、蝋燭、草鞋に、握り飯! 鼻之丞が、芝居見物に婆さま連れて来た。 九十二。 次は「蔦紅葉宇都谷峠」だ。

 夜明け前、目が不自由な文弥が京で官位をもらう百両が入っている包みを持っている、物騒だ。 伊丹屋十兵衛が、その金、儂(わし)に貸してくれ、文弥殿。 さる殿様の若衆に、殿の姫がかどわかされて、廓に売った金。 十兵衛様、こればかりは、京で官位をもらうもの。 そうか、あきらめよう、(目が見えない)文弥殿、ここで別れよう。 後ろに回った十兵衛、文弥を宇都谷峠の谷底へ、突き落とそうとする。 許しておくれ! そなたは、鬼か、獄卒か!

花道の文弥、恨み晴らさでおくべきか! 幽霊になって出ようとしたら、煙がない。 係が宿に忘れて来た。 楽屋でたまたま皆で秋刀魚を焼いて食おうとしていた。 それを舞台の袖に持って来て、バタバタバタバタ! 生臭い臭い、秋刀魚の幽霊だ。 ウラメシーーイ、サンマメシーーイ! (江戸の旅人二人が声をかける)日本一! 大根! その大根を、おろして、早く晩飯が食いてえ。