一日でも二日でも長くこの子といられるように ― 2024/01/05 07:22
冒頭の上野駅午後十時発の直江津行普通列車に乗るまでだが、千葉から東京に戻ると、浅草からまだ戦禍の痕跡を多分にとどめている隅田川周辺をあちこち歩いた。 ゆたかがどこまででもついて来ることによって、彼女が自分を怖れていないことは明らかである。 映画をみせてやったときも、化粧袋を買ってやったときも口はきかなかったが、小さな唇のはしに微笑のようなものを一瞬ただよわしたのを、恭介はみのがしていなかった。
上野駅ちかくの屋台と大差ない程度の店へ入った。 一人前ずつの鮨を食べていて、「おいしい」とたずねると、めずらしくこっくりとうなずいたのと同時であった。 店の隅にある棚の上の箱型のラジオが、行方不明になった杉富家令嬢のニュースを報道しはじめた。 心臓がはげしく脈を打って、鼓膜にガンガンひびいた。 アナウンサーの声を彼女の耳に入れたくないという一心から、急用を思い出した風をして、お釣りも受け取らずに、外へ出た。
ラジオ放送後すぐ駅に行かないよう、広小路から御徒町や山下にかけて何度もぐるぐる歩きまわってから、駅の構内に警官や刑事が張り込んでいる気配を感じ取って、松本までの乗車券を買った。 視線もゆたかからそらして切符を持たせると、うしろを振り向くなと言いふくめて、上野駅の捜査網を突破することに成功した。
逃亡者はつねに現在地を危険視して、そこからすこしでも早くはなれたい思いで先を急ぐので、急行をえらぶのが当然の心理だろうと考えた彼は、警戒の裏をかくつもりで普通列車にしたが、深夜の鈍行は期待以上に、空席が多かった。
杉富家の宏壮な邸宅には、ふだん弘子夫人と長女ゆたか、次女かをりの三人が数人の使用人と居住していて、当主の茂兵衛は七月はじめから長野県の菅平にちかい角間温泉の別荘に行ったままだ。 恭介は、ゆたかがいまも自分のような見ず知らずの男の腕にすがりついて眠っている理由のほんの一端にせよ、原因のよってきたるところを垣間みせられたように思った。
篠ノ井線に乗り換えて松本へ到着したのは、まだ夜の明けぬうちのことだった。 駅前の一膳飯屋のような店で、四日目の朝食をとり、堀端をゆっくり一周して、駅前に戻り気温の低さを思って、洋品店でゆたかのために紺色のスエーターを買った。 「お兄ちゃんのは」買わなくていいのかと、ゆたかがたずねたので、思わず胸がいっぱいになった。 野球帽を見て、一日でも二日でも長くこの子といっしょにいられるようにするために、男の子に変装させるのも一つの手ではないか、と思い、野球帽とズボンも買った。 また、映画館で時間をつぶしてから、市街地をややはずれた古ぼけた安宿に泊った、追加料金を払えば、翌日の昼食もさせてくれるという。
朝食をすませると、恭介はひとり駅へ行き売店で新聞を買った。 今月初め、海兵団にいた時の兵長に偶然会って、目白の邸宅の清掃の仕事を手伝い、そこの饒舌な少女妙子から芙蓉学園で同級だった杉富ゆたかの話を聞いて、誘拐を計画したのだった。 新聞では、報道で知った目白の邸宅からの通報で、小倉恭介という氏名も突き止められており、妙子の談話まで掲載していた。
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