入船亭扇七の「一目上がり」 ― 2024/08/06 07:02
沢木耕太郎さんの『暦のしずく』、振り返ってみると、面白いので、つい長くなってしまう。 序章「獄門」4回、第一章「釆女ヶ原」12回、第二章「怪動」11回、第三章「夜講」7回と来て、この第四章「世話物」2/11回 36までで、一応中断、7月29日の第673回の落語研究会を書くことにしたい。
入船亭扇ぱい改メ、入船亭扇七、5月下席で二ッ目に昇進したという。 師匠扇遊の四番弟子なのに扇七となったのは、師匠が七十歳の年だからで、扇六や扇八にならなかった。 入門したのが二十八歳で、遅かったのは、NHKのアナウンサーだったから。 もう一度、言います、NHKのアナウンサーだったから。 辞める時、仲間が送別会を開いてくれて、新人女子アナがスピーチで「鈴木さん、未来は前途多難ですね」と言った。 「前途洋々」の言い間違いじゃないの、と言ったら、「私、本当のことを言っちゃった」と。 心の傷になっている。 入門して6年8か月、ようやく二ッ目に昇進した。 口跡はもちろんだが、にこやかな可愛い顔をしていて、好感が持てる。
こんちは、隠居いるかい、 八っつあんかい。 まあまあ、お上がり。 ご馳走様で。 エッ? まんま、お上がりって。 まあまあ、だよ。 私は、そういうお前さんが好きなんだ。 仕事が半ちくになっちまって、隠居さんの顏を日に一ぺん見ないと、通じがつかないもんで。 粗茶だが、飲むか。 粗茶ですか。 粗末なお茶と謙遜して、粗茶という。 あっしは粗茶が大好きで。 粗布団を敷いて、粗火鉢に、粗隠居か。 ハラ減ってるんで、天丼を二つ。 お茶菓子を食べるか。 粗お茶菓子で。 羊羹を切るか。 羊羹もいいが、十本も食うと、げんなりする。 仕事は、どうだい。 隠居さん、普請をしたそうで。 建て増しをした、ここだ。 ヘコの間ですか、ヘコ柱がいい。 床の間、床柱、竹の柱が自慢だ。 節は抜いてあるんで? 大工が手落ちしていると、燃えた時、パチパチ音がする。 火事にするな。
掛軸(かけじ)、笹っ葉の塩漬で? 掛け物は雪折れ竹だな、「しなわるるだけはこらえよ雪の竹」、耐え忍ぶことが大事だということだ。 おつな都々逸だね。 賛だ、褒め言葉、けっこうな賛でございますと言えば、みんなお前を見上げる、たっとぶ。 かっこむ、お茶漬で。 持ち上げてくれる、かついでくれるな。 ふだん八公と呼ぶ者は、八っつあん。 八っつあんは、八五郎さん。 八五郎さんが、八五郎殿となる。 八五郎殿は、八五郎様となるな。 今日は、帰えります。
いいことを教わった、裏の大家の所へ行こう。 おーい、いるかい、大家。 その声は、ガラッ八か。 掛け物を褒めに来た、なんだ字ばかりだな。 「近江(きんこう)の鷺は見がたく、遠樹の烏見易し」。 金公と延次のカカア、ハラがでかくなって、うなっている、けっこうな賛ですね。 賛じゃない、詩だ、根岸の亀田鵬斎先生の詩だ。
医者の先生の所へ。 おーれ、八五郎君か。 先生は? ご在宅です。 いないの? いるんです、いることをご在宅。 いないことを、ご贅沢。 先生、八五郎君が来ました。 これはこれは珍客到来。 巾着頂戴。 掛け物を見たい、掛け物にご執心か。 宗旨は、法華で。 粗末なタイフクがある。 大福ですか。 大幅、払子(ほっす)が描いてある。 水を撒く? それはホース。 字を、先生読んで下さい。 「仏は法を売り、祖師は仏を売り、末世の僧は祖師を売り、汝五尺の身体を売って、一切衆生の煩悩をやすむ。色即是空」。 けっこうな詩で。 詩じゃあない。 それじゃ、賛。 一休禅師の悟、悟り、折り紙付きの悟だ。 三、四、五、そうか、一目(ひとめ)ずつ、上がればいいんだ。
兄イの所へ、掛け物を褒める、見せてくれ。 汚たねえな。 時代がついた、さびがついたね、と言う。 小せえ舟に人が沢山乗っている絵だな。 男が孕んで、袋を担いでいるのは? 布袋和尚だ、唐土(もろこし)四明山金山寺の。 モロコシと金山寺味噌を盗んだふてえ野郎か。 背が低くて、長い頭で長いひげの爺さんは? 福禄寿だ。 女が一人いるね。 弁天様だ。 よく間違いが起きねえ。 文句は、上から読んでも、下から読んでも「長き夜の とをの眠りの 皆目覚め 波のり舟の 音のよきかな」。 けっこうな六だな。 いや、七福神の宝船だ。 その横にある短冊は何だ? 古池や蛙飛びこむ水の音。 いい八だな。 なに、芭蕉の句だ。
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